「叔母さん」(長谷川如是閑)

如是閑が伝えたかった「女性の美しさ」

「叔母さん」(長谷川如是閑)
(「ふたすじ道・馬 他三篇」)岩波文庫

私に、叔母さんと、
他の女の人を、
明確に区別させたのは、
私の、小さい美意識でしたろう。
綺麗なものに引きつけられる
子供の心は、
その点からだけでも私を
叔母さんに執着させるに
十分でした。けれども
私は叔母さんの所に…。

本書に収録されているのは、
本作品以外に
「ふたすじ道」
「お猿の番人になるまで」
「象やの粂さん」
「馬」
動物園物語かと思わせる
短篇ばかりです。
本作品はそれらとは
やや趣が異なります。
作者・長谷川如是閑
自伝的作品であり、
随筆のようにも思えますが、
この「叔母さん」なる人物が
実在するのかどうかさえ
確認できないところを見ると、
おそらくは創造されたものであり、
やはり「小説」とみるべきでしょう。

で、筋書きがあるかといえば、
「ない」のです。
内容は概ね三つに分かれていて、
一つめが「私と叔母さんとの間柄」、
二つめは「女性の美しさ論」、
三つめが「叔母さんが
友人に宛てた手紙」となっています。
とりとめもなく
書き連ねられているように見えて、
如是閑の最も伝えたいことは
「女性の美しさ」なのです。

「叔母さんの肉体に於いて、
 あらゆる曲線は、
 筋肉と血液とが持っている
 強い人間の感じを
 著しく現わしていました」

如是閑の考える「女性美」とは、
私たちが捉えている「女性美」とは
大きく異なります。
その要素は「強さ」なのです。
では、何に対する「強さ」か?

「私は、私の叔母さんの美しさを、
 叔母さんの持っていた
 自由と離して考えることは
 できません」

つまり自由な意志を持った女性、
自立した女性の持つ「強さ」こそ
「美しさ」なのだと述べているのです。
その如是閑の思想は、
叔母さんが結婚相手の選択に迷った
友人「美しい谷の姉さん」
(谷は苗字と思われる)に宛てた
手紙の中の、辛辣ともいえる言葉に
集約されています。

「女を探している男は、
 唯女が一個人入用なので、
 何の誰という女の人間が
 入用なのじゃありません」
「人間の半数だけしかいない
 男ばかりで、人間の世界のことを
 何んでも勝手に定めているのは、
 残りの半数の女というものが、
 人間ではないからです」

「男の定めた標準に適うようにと、
 一生懸命になっているのが、
 今の女です」
「男は、神様の定めた標準をさえ
 破って勝手に発展しているのに、
 女ばかりが、
 何故同じ人間の男が定めた標準に
 絶対に従わなければ
 ならないのでしょうか」
。そして、
「あなたの美しさは男性基準の
 美しさを満たしているから、
 あなたはあなたで
 男性を審査する基準をつくり、
 それを満たした男と
 結婚すればいい」

冷たく突き放します。

明らかに創作でしょう。
如是閑は自らのフェミニズムの思想を
開陳するために、
「叔母さん」なる女性を創造し、
彼女の口を借りて
表明したものと考えられます。

しかし、
なんと進んだ考え方でしょうか。
現代の若い方であれば
「当然」のことでしょうが、
政治家をはじめとする現代日本の
「偉い男たち」の多くは、
こうした考え方を微塵も
持ってはいないでしょう。
世界経済フォーラムの
ジェンダーギャップ指数において、
日本は毎回、先進国で最下位です。
では、この作品はいつ著されたのか?

1918年(大正7年)、
今から100年以上前のことです。
当時はもちろん、
昭和の戦前であっても
男女同権などという考え方は、
男性からは出てこなかったでしょう。
恐るべき先進性です。

1932年に起きた
「鳥潟静子の結婚解消騒動」
(ノーベル賞候補にも名前が挙がった
医学博士・鳥潟隆三の娘・静子が、
隆三の弟子と結婚、
ところが初夜に夫の性病を知り、
そのまま実家に戻り、
隆三は結婚解消を関係周囲に通知、
これによって対立した両家が
それぞれ新聞に弁明を発表し、
是非を巡って文壇を巻き込んだという
騒動)において、
谷崎潤一郎武者小路実篤
直木三十五などが
静子を批判する論旨を述べたのに対し、
如是閑だけは
「敬服に値する行動」であり、
「彼女の態度やよし」と
全面的に擁護しています。

如是閑は作家というよりは
ジャーナリストでした。
大正期の日本という
まだまだ閉鎖的な環境にあって、
冷静に人権問題を捉え、
未来に視点を移していたのでしょう。

如是閑は長生きした人物であり、
1969年、93歳まで
この国を見続けていました。
現代の女性は「美しい」か?
天国の如是閑が、今、何と思っているか、
知りたいところです。

〔本書収録作品〕

〔長谷川如是閑の本〕
長谷川如是閑はジャーナリストであり、
創作は文庫本では
この一冊しか出版されていません。
同じ岩波文庫からは
次の二つが刊行されています。

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1969年没のため、青空文庫への登場は
まだまだ先になります。
それまで忘れ去られるようなことの
ないよう願っています。

(2022.9.21)

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