「ふたすじ道」(長谷川如是閑)

背景には貧困が横たわっています

「ふたすじ道」(長谷川如是閑)
(「ふたすじ道・馬」)岩波文庫

「ふたすじ道・馬」岩波文庫

浅草界隈で、
掏摸に身を染めはじめていた
孤児少年・吉。吉を
堅気の世界へ引き戻したのは
女工・お仙の
親身な説得であった。
以来、吉はお仙を
姉とも恋人とも慕うようになる。
ある日、お仙が意に添わぬ
嫁に行ったと聞かされ、
吉は…。

何とも切なくなる筋書きです。
頼るものもなく、
悪の道へと落ちてゆく少年と、
親の借金の形に、
身売りされていく少女と。
本作品の発表は明治31年。
開国はしたものの、
まだまだ貧しい時代の
日本の一場面が切り取られています。

吉は両親と死に別れ、
十五六で天涯孤独の境遇です。
掏摸の道に足を踏み入れた、いわば
不良少年・非行少年なのでしょうが、
決して悪人ではなさそうです。
なぜなら、お仙だけでなく、
六兵衛爺さん、お熊ばあさんなど、
彼に温かく声をかけてくれる
人間がいるからです。
彼が悪事を働いたのは、
食うために仕方なくであることが
推察されます。

お仙は吉より年上、十八九の女工で、
吉の身の上を我が事のように
心配しています。
同じ女工なかまの不幸な結婚を
身近に知っているため、
自分は結婚などしたくないと
思っているのです。
しかし彼女は、父親の借金の形として
妾とならざるを得なかったのです。

その話を聞いた吉は、
お仙の家の借金の返済に充てるべく、
奉公先の金を盗み出します。
しかし時すでに遅く、
お仙は身売りされ、
家族も移転した後でした。
物語はそこで幕を閉じますが、
描かれざる
その後の吉の暗転を想像すると、
やりきれなさと
後味の悪さだけが残ります。

背景には貧困が横たわっています。
当時、真面目に働いても
徒弟としての給金など
自分一人の食い扶持に
なるかならないかという金額でしょう。
女工とて同様です。
蓄えなどに回せるものでは
なかったのでしょう。
お仙が妾奉公に出されたのも必然なら、
吉が盗みを働いたのも
また必然なのです。
本作品は、明治生まれの
ジャーナリスト・長谷川如是閑が、
貧困が蔓延し、閉塞感漂う世相を
見るに見かねて書き上げた
最初の小説なのです。

現代もまたそれに似た状況が
広がっています。
新型コロナウイルスの感染拡大による
経済への打撃、
それによる貧困層の拡がり。
言いようのない息苦しさが
徐々に広がりつつあります。

貧困の問題が解決されることなく、
時代だけは明治から大正、
昭和、平成、そして令和へと
移行していきました。
雲の上の如是閑は、
この国の有り様を
どういう思いで見ているのでしょうか。

〔本書収録作品〕

(2020.7.14)

Arek SochaによるPixabayからの画像

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