「緑衣の鬼」(江戸川乱歩)

このエンタメに特化した乱歩の作品世界

「緑衣の鬼」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第11巻」)
 光文社文庫

「江戸川乱歩全集第11巻」

前夜、怪しい「影」に襲われた
笹本夫妻を見舞いに来た折口は、
夫・静雄の遺体を発見する。
扉を破って
書斎へ入った折口だったが、
待ち受けていた賊に襲撃され、
昏倒する。
薄れゆく意識の中で捉えたのは、
緑色をした男の姿だった…。

先日、イーデン・フィルポッツの
「赤毛のレドメイン家」を
取り上げました。
この作品を激賞したのが
江戸川乱歩なのですが、
相当お気に入りだったのでしょう、
自らも翻案作品を編み上げていました。
それが本作「緑衣の鬼」です。

〔主要登場人物〕
笹本芳枝

…「影」「緑衣の鬼」に再三襲われる。
 美しい女性。旧姓・絹川。
笹本静雄
…芳枝の夫。童話作家。
 おかっぱ頭に黒眼鏡。殺害される。
大江白虹
…探偵作家。35,6歳。
 痩せ型で背が高い。
 夫を失った芳枝に心を惹かれる。
折口幸吉
…白虹の友人。
 帝国日日新聞社会部記者。
 刑事事件が主担当。30歳前後。
 芳枝は妹・伸子の同級生にあたる。
夏目菊三郎
…芳枝の父。故人。
夏目菊次郎
…芳枝の伯父。50歳を越えている。
 いくつかの会社の大株主である
 資産家。芳枝を義絶していたが、
 事件後、芳枝を引き取る。
夏目太郎
…菊次郎の息子。27,8歳。
 菊次郎とは別居中。
 緑色に固執し、所持品をすべて
 緑色に染める嗜好がある。
 芳枝に思いを寄せている。
夏目菊太郎
…芳枝の伯父。菊次郎・菊三郎の兄。
 粘菌学者。独身。
山崎
…菊次郎の秘書の青年。美貌の持ち主。
 芳枝の護衛係として
 菊太郎にも雇われる。
丸井定吉
…S村の漁師。夏目太郎からの伝言を
 菊次郎に届る。
木下警部
…警視庁捜査係長。白虹の知人。
乗杉龍平
…夏目菊太郎の知人の奇人。雑学者。
 40歳前後。かつて半年ほど
 警視庁捜査科の刑事を勤めていた。
佐助
…菊太郎の下男。
柳田一郎
…劉ホテルの客。
 岩瀬幸吉名で死体入りのトランクを
 銀行の貸金庫に預け、
 さらにもう一つのトランクに
 芳枝を押し込んでいた。
緑衣の鬼
…神出鬼没の黒マント・緑衣の怪人。
 柳田一郎と名乗っていた。

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今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
削るところは削ってエンタメ特化

「赤毛」を読んだばかりでしたので、
ついつい比較して読んでしまいます。
気づくのは「削るべきところは
思い切って削ってある」ことです。
かなり削られています。

例えば「犯人」の狂気について。
「赤毛」では「犯人」の狂気について、
「戦争神経症」という言葉で
解説しています。
第一次世界大戦終結後の
混沌とした世界の情勢の中で、
戦争に関わった多くの国で
そうした後遺症を抱えていた人間は
少なくなかったでしょう。
「赤毛」には、
そうした時代の闇に対する
作者フィルポッツの同情的なまなざしを
感じ取ることができます。

本作品では
それがばっさり斬り捨てられ、
「緑色狂」(緑色に囲まれていないと
落ち着かない、使用人のお婆さんの
白髪まで緑色に染めさせている!)と
変更され、
深い意味を持たせることなく、
表面的なおどろおどろしさを
際立たせています。

さらに、
「赤毛」の「犯人」のトリックの多くが
深い理由のあるものでしたが、
本作品はそうした意味づけを
必要最小限に絞り込んでいます。
緻密な構成は失われたかわり、
エンターテインメント色が
限りなく強調されているのです。
このエンタメに特化した
乱歩の作品世界を、
しっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
加えるところは加えてエンタメ特化

緻密な構成を
大胆に刈り込んだ代わりに、
「加えるべきところは
大胆に加えて」いるのです。
芳枝が都会の雑踏の中、
巨大な影絵でおどかされる場面。
緑衣の鬼とおぼしき柳田一郎が
持ち込んだトランクから、
拉致された芳枝が発見される場面、
再び襲撃された芳枝が、
水族館の水槽の中を
全裸で泳がされる場面、
探偵役の乗杉が
何度か緑衣の鬼の扮装をして
白虹の疑念を招く場面、等々、
「赤毛」にまったく存在しない場面が
ふんだんに追加されているのです。

それによって
エンターテインメントとしての要素が
盛り沢山となっています。
乱歩独特の描写から、
そうした毒のある情景が、
まるで映像を観ているかのように
眼前に広がり、
読み手は吐き気すら感じるほどです。
「悪趣味」といえるほどまで、
エンターテインメント色が
限りなく強調されているのです。
このエンタメに特化した
乱歩の作品世界を、
十分に味わうべきでしょう。

ちなみに、かつて多くの乱歩作品が
映像化された土曜ワイド劇場
(私が高校生の頃でした、
知っていますか?)において本作品は、
「白い人魚の美女」として
全裸水槽場面をことさら強調され、
「エロティック・ミステリー・サスペンス」
として昇華していったのです。

本作品の味わいどころ③
翻案を越えて乱歩作品へ進化

というわけで、
つまりは翻案どころでなく、完璧に
乱歩作品へと変化しているのです。
登場人物の細かな感情は
さておいてエンタメ、
構成の緻密さはさておいてエンタメ、
トリックの意味づけも
さておいてエンタメ、
読者を愉しませ、興奮させるために、
ありとあらゆる装飾を
施しているのです。
全身緑色の「緑衣の鬼」など、
「怪人二十面相」「蜘蛛男」
「黄金仮面」「黒蜥蜴」と同列の怪人です。
怪人キャラクターこそ
乱歩の真骨頂なのです。
このエンタメに特化した
乱歩の作品世界を、
噛み締めるようにして
味わっていただきたいと思います。

「赤毛のレドメイン家」とは
まったく別のものとして
読み味わうべきです。
知らずに読んでも愉しめるし、
比較して読んでも抜群の面白さです。
エンタメ特化された
乱歩世界に浸ってみましょう。

※なお、本作品の発表は昭和11年。
 ジュヴナイルの「怪人二十面相」と
 同じ年に連載された作品です。
 本作品も十分
 ジュヴナイルっぽさがあります。
 そのせいか、ジュヴナイル作品として
 リライトもされました。

(2024.1.19)

〔「江戸川乱歩全集第11巻」〕
緑衣の鬼
幽霊塔

〔関連記事:「赤毛のレドメイン家」〕

〔関連記事:乱歩作品〕

〔「江戸川乱歩全集」〕

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