「デイジー・ミラー」(H.ジェイムズ)

その奥行きの深さを十分に堪能すべき

「デイジー・ミラー」
(H.ジェイムズ/小川高義訳)新潮文庫

「デイジー・ミラー」新潮文庫

スイス・ヴェヴェーで出会った
美女・デイジーミラーは、
今はローマに滞在していた。
伯母からの手紙を受け取った
ウィンターボーンは
ローマへと向かう。
だがデイジーには、
イタリア人の交際相手がいて、
良くない評判も立っていた…。

ヘンリー・ジェイムズの作品は
ホラー的要素を帯びている。
「ねじの回転」「にぎやかな街角」
読んでいたため、
そうした先入観がありました。
本作品もその一つだろうと予想し
(装幀画がそうした雰囲気を
醸し出している)読み進めましたが、
まったく違いました。

〔主要登場人物〕
ウィンターボーン

…二十七歳の青年。
 ジュネーヴに在住のアメリカ人。
 伯母の住むスイス・ヴェヴェーの
 ホテルを訪ねる。
デイジー・ミラー
…ウィンターボーンの出会った美女。
 本名アニー・P・ミラー。
 社交的で奔放な生活を送る。
ランドルフ・C・ミラー
…デイジーの弟。
ミラー夫人
…デイジーとランドルフの母。
 奔放なデイジーに対して
 放任的態度を取る。
ユージニオ
…ミラー家の雇った
 ヴェヴェーの地の案内人。
ジョヴァネリ
…デイジーの交際相手。
 美貌の小柄なイタリア人。
コステロ夫人
…ウィンターボーンの伯母。
 頭痛持ち。社交を縮小している。
ウォーカー夫人
…ウィンターボーンの知己。

他のジェイムズ作品のような
難解さはなく、
文章表現そのものは平易であり、
理解しやすいものとなっています。
しかし、本作品が
どんなジャンルに属するのか、
作者が何を伝えようとしているのか、
いろいろな受け取りが可能な
作品となっています。

本作品の味わいどころ①
ウィンターボーン視点で語られる物語

物語はすべてウィンターボーンの
視点から語られます。
一人称ではなく
三人称の文体なのですが、
視点は彼に固定され、
彼の目から見たデイジーと
その周辺が描かれていくのです。
したがって、
全体を俯瞰するような記述はなく、
彼の目の届かない部分は
語られることがないのです。
彼の目線が読み手のそれとなるため、
読み手は作品の中へと
入り込んでいく感覚に襲われるのです。
観察的な視点から描かれた、
ジェイムズ独特の作品世界を、
まずはしっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
つかみ所のない美女・デイジー・ミラー

そのウィンターボーンの眼に映る
デイジー・ミラーの姿は
つかみ所がありません。
彼に好意を抱いているようでもあり、
ヴェヴェーではユージニオ、
ローマではジョヴァネリに
思いを寄せているようでもあり、
その本心は当然描かれません。
夜更けに男性と外出したり、
数多くの男性と交際したりしている
彼女の姿は、事実から判断すると
不良娘の印象を受けるのですが、
彼の眼には好意的に映っています。
ウィンターボーン視点で
捉えられるからこそ、彼女には常に
「謎」がつきまとうのです。
「謎」がつきまとうからこそ、
美女の魅力は一層高まるのです。
作品の表題にもなっている、
つかみ所のない美女・
デイジー・ミラーの姿を、
次にじっくり味わいたいものです。

本作品の味わいどころ③
「詩的」なのか「暗喩」なのか、それとも

で、本作品は何を描いているのか?
という問いに、
読み手は嫌でも突き当たります。
本文の後に付されている「序文」には、
このデイジー像について
「詩としての産物」と記されています。
つまり作者は本作品を
「詩」であると言っているのです。
そう捉えると、唐突な幕切れや、
そこに至るまでの平穏な筋書きも
納得ができます。

それでいて、作品の端々に
暗喩めいたものを感じるのも確かです。
ウィンターボーンもデイジーも
単なる男女ではなく
「ヨーロッパのアメリカ人」なのです。
随所に米国と欧州の
文化の違いが描かれている(そのために
デイジーは異端視されている)ことは、
何を伝えようとしているのか?
巻末の解説で
訳者が取り上げているように、
自分では馬車に乗るウォーカー夫人に
「歩く人」という名前を付したことや、
デイジーの埋葬箇所を指す言葉として
「生々しい隆起」という描写を
使用していることなど、
言葉遊びを越えたものを
随所に感じてしまうのです。

「デイジー」はイタリアの国花であり、
埋葬された彼女は
「アメリカから脱して
イタリアの土となった」という
解釈もできるし、
春に咲く花の代表である「デイジー」は
冬を冠した名前の
「ウィンターボーン」とは
一つになることはできない運命と
読むこともできるのです。
そうした多様な解釈を
可能にしている作品であり、
その奥行きの深さを
十分に堪能すべき作品なのです。

1878年に発表された作品ですが、
主人公ウィンターボーンの
煮え切らない性格は
現代日本の「草食男子」の
先駆けともいえるものであり、
むしろ現代日本の方が
受け入れられやすいのではないかと
思われます。
ヘンリー・ジェイムズの傑作中篇、
ぜひご賞味ください。

(2024.3.25)

〔関連記事:H.ジェイムズ作品〕

〔H.ジェイムズの本はいかが〕

created by Rinker
¥214 (2024/04/25 22:39:23時点 Amazon調べ-詳細)

〔小川高義訳の本はいかが〕

thatsphotographyによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA