「人間修行」(安部公房)

行き着く先はやはり「人間とはなんぞや?」

「人間修行」(安部公房)
(「安部公房全集007」)新潮社

「安部公房全集007」新潮社

あまりにも
目立たない存在であるため
同僚から「ヒラメ」と
綽名されている平木は、ある時、
自身に取り憑いている
幽霊の姿が見えるようになる。
幽霊はこの四年間毎日、
平木の仕草の真似をすることで
「人間修行」を
していたのだと…。

二週間前に取り上げた
安部公房「幽霊の墓」
人間に限りなく近い性質の「幽霊」が
主人公でした。
本作品の「幽霊」はさらに一歩上をいき、
人間になるための修行、
つまり「人間修行」の最中なのです。
でも、味わいどころは
「幽霊」ではありません。
「幽霊」に関わる人間たちです。

〔主要登場人物〕
「幽霊」

…カーキー色の詰め襟服の男。
 生前の記憶は失われている。
 「人間修行」し、人間になろうとする。
平木周
…「幽霊」が取り憑いた男。
 会社を創業したメンバー
 (かつての戦友)たちと同期だが、
 邪魔者扱いされている。気が弱く、
 同僚から「ヒラメ」と綽名される。
大野雄次郎
…会社常務。開きの元戦友で
 創業者グループの一員。
 「幽霊」を社員として採用する。
吉井
…会社社長。
平木徳子
…平木の妻。故人。
阿佐子
…平木がその笑顔を愛した女性。
 平木のアパートの隣室に住む。
 「幽霊」から求婚される。
新庄
…K日報記者。
 「幽霊」の存在を否定する。

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
「幽霊」と生活する男・平木

最も幽霊と関わるのは
もちろん取り憑かれている
平木自身です。
その反応がなんともいえません。
「幽霊」を恐れるのは最初のうちだけ。
それも「恐怖」というよりは
「受け入れがたい現実を前にした
うろたえ」というべきものなのです。
でも、彼は早々と
その現実を受け入れます。

会社では
「幽霊」の腰掛けていたスペースに
書類を投げ置いた社員に激昂し、
飲み屋では
「幽霊」としんみり酒を酌み交わす。
端からは
「幽霊」の姿は見えないのですから、
その情景は笑えます。

そして「幽霊」のたっての頼みであった
「会社員として雇い入れてもらうこと」と
「阿佐子へ求婚すること」の
実現のために奔走するのです。
それもまた笑いを誘います。

しかしながら、実体の見えない
「幽霊」の存在感が増す度に、
実体を持つ人間であるはずの
平木の影が薄くなるのです。
この「幽霊」と生活する男・平木の
悲哀こそ、本作品の
第一の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ②
「幽霊」を利用する男・大野

その「幽霊」を巧みに利用し、
自らの利益に導いたのが
会社常務の大野です。
彼は「幽霊」を採用して欲しいという
平木の願いを聞き入れます。
しかし彼は幽霊を
信じているわけではありません。
それをおもしろいと感じ、
商売に結びつけようとしている
だけなのです。

彼は平木からの伝聞による
「幽霊」のアイディアを活用し、
事業を発展させるとともに、
自らの地位向上と
利益誘導を図るのです。
この「幽霊」を利用する男・大野の
人間としての欲深さこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ③
「幽霊」に愛される女・阿佐子

そして「幽霊」(というよりも平木)を
迷惑なものとして捉えていた阿佐子は、
終盤、ついに
「幽霊」との結婚を決意します。
そこに至るまで
(平木の妻・徳子との諍い、
隣室への平木の転居、
平木の口を通しての
「幽霊」からのプロポーズ、
そして結婚同意まで)の、
阿佐子のドタバタ劇もまた、
本作品の第三の味わいどころとして
機能しているのです。

さて、こうして読み終えると、
「幽霊の墓」と同様の疑問が
頭に浮かんでしまいます。
「幽霊とはなんぞや?」。
資産の形成や結婚の法的手続き等には
まったく関与できないのですが、
周囲の人間の目には、
明らかにその存在が
大きく映し出されているのです
(見えてはいないが)。
そしてその疑問の行き着く先はやはり
「人間とはなんぞや?」となるのです。

「幽霊」が二つの願いの成就を
達成したとき、何が起こるのか?
ぜひ本作品を読んで確かめてください。
なお本作品は最後の一文が
「だが、言うまでもなく、
 幽霊氏と阿佐子との結」

途切れています。
つまりそれ以降が失われていて、
本書収録は
完成形としてではないのです。
「幽霊の墓」と同様に
未完成である本作品、
書かれざる結末は
どのようになっていたのか?
疑問はつきません。

(2024.5.16)

〔「安部公房全集007」〕
ミュージカルス
芥川也寸志のこと
コミュニストに問う
ハード・ボイルド
東欧を行く
知的な夢想家
ドキュメンタリー
作者から
「偏見」を育成しよう
原理的なものではない
映画批評の再検討
文学組織のアクチュアリティ
平等な交流
私の中の満州
記録と写実
東欧酒景
ただ今休憩中安部公房氏
花田清輝著「乱世をいかに生きるか」
お化けとミュージカルスを語る
抽象的小説の問題
水爆のツラに道徳説法
忘却の権利
物をきざむクセ
人間修業
誘惑者
夢の兵士
キッチュ クッチュ ケッチュ
人間のリアリズム
わかりやすさのワナ
人間的ということ
思想以前の問題
利口な狼
マスクの発見
訪問 滝口修造
観客席からの発言
都会
芸術運動をはばむガンはなにか
探偵小説各人各説
悲劇と喜劇
雨乞い
今日的な思考

奉仕とサービス
雨占い
トラックの窓

魚になりたい人
境界線上の衝動
善の強制
着想の妙
二つの質問に答える
子供の夢
鉛の卵
アメリカ発見
「宿命」
寓話と現実
感情の萎縮
椎名麟三小論
「アヴェロンの野生児」
現代の常識
ガラス人の夢想
私の宇宙旅行
棒になった男
あとがき-「猛獣の心に計算器の手を」

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