「1984」(オーウェル)

2024年の現実を見事に投影している

「1984」(オーウェル/田内志文訳)
 角川文庫

「1984」角川文庫

歴史の改竄業務を担当していた
ウィンストンは、
社会の在り方に疑念を覚える。
そんな中で、
秘密警察と思われていた女性・
ジュリアから愛の告白を受け、
さらには反政府組織の男から
禁断の本を手渡される。
彼はあるべき未来を考える…。

ジョージ・オーウェルの名作「1984」。
難解な思想小説の匂いがしていたため、
これまで読むことを
思いとどまっていました。
しかし、五月連休を機に、
意を決して読んで正解でした。
背筋がゾクゾクと寒くなるのに、
頁をめくる手を止めることが
できませんでした。

〔主要登場人物〕
ウィンストン・スミス

…39歳の男性。「真実省記録局」勤務。
 妻キャサリンと別居中。
 現体制の在り方に疑問を持つ。
 ネズミが苦手。
ジュリア
…26歳の女性。「真実省創作局」勤務。
 反性交青年連盟活動員。
 熱心な党員を装いながら、
 そこに価値を見出してはいない。
 ウィンストンと逢瀬を重ねる。
オブライエン
…「党中軸」に所属する高級官僚。
 反政府組織「ブラザー同盟」の一員。
 反体制指導者・ゴールドスタインが
 書いた禁書をウィンストンに渡す。
トム・パーソンズ
…ウィンストンの隣人。
 「真実省」勤務。息子と娘がいる。
ミセス・パーソンズ
…トムの妻。自分の子どもたちに
 密告されることに怯えている。
サイム
…ウィンストンの友人。
 「真実省調査局」勤務。
 言語学者でニュースピークの専門家。
 頭の回転が速い。ニュースピークの
 「言語の破壊」に興奮を覚える。
チャリントン
…下町で古道具屋を営む老人。
 ウィンストンに
 禁止されたノートを売る。
 ジュリアとの密会の場所を提供する。
アンプルフォース
…耳にかかるほどの長髪の詩人。
ビッグ・ブラザー
…オセアニアの指導者。
 実在するかどうかは不明。
エマニュエル・ゴールドスタイン
…反体制指導者。かつては
 ビッグ・ブラザーと並ぶ
 オセアニアの指導者だった。
 「ブラザー同盟」なる
 反政府地下組織を指揮。

1949年に刊行された本作品の
想定された舞台1984年から、
現在すでに40年が
経過しているにもかかわらず、
SF小説特有の「時代遅れ感」が
まったくありません。
いや、この2024年の現実を
見事に投影している部分が
数多く見つかり、衝撃を受けます。

一つは国民の監視システムである
「テレスクリーン」の存在。
双方向の映像送受信装置なのでしょうが
テレビさえまだ一般的ではなかった時代
(アメリカでは1941年に
テレビの定時放送開始)、
このような形で
その発展形を考えること自体、
驚きです。
現在、それと同じものはありませんが、
街頭に設置されている「防犯カメラ」は、
いつでもそれに転用可能でしょう。
いや、防犯カメラに加えて
家電製品やスマホ、パソコン、
カーナビ、ドライブレコーダー等が
すべてネット上で統合され、
ビッグデータとして
政権に管理されたら、
本作品の世界のように、私たちの
一挙手一投足すべてが監視される
システムが出来上がるでしょう。

一つは歴史を改竄し、
施政者に都合のよいように書き換える
「真実省」の存在。
これはすでに現在の日本でも
行われています。
首相の答弁と整合性が保たれるように
公文書が改竄されたにもかかわらず、
誰も罪に問われない異常事態が、
現実として私たちの国で
起きているのです。

一つは三つの階層化による人民支配。
人口の2%未満の「党中枢」、
十数%の「党員」、
そして約85%の「プロレ」。
「プロレ」は無教養で
権力に盲目的であるため
監視するに及ばず、
教養を持つ「党員」だけを
徹底的に管理して支配するという
システムです。
かつて「一億総中流」といわれた
私たちの国も、
この三十年あまりの中で、
その多くが「下流」となり、
「プロレ」化しています。
ほんの一握りが「上級国民」、
つまり「党中枢」として
富を集めているのは、
作品世界と酷似しています。

一つは仮想敵国への憎悪を利用する
人心掌握。
他国からの侵略に対する手立てとしての
議論なき防衛費の増大など、
作品世界にまた一歩
近付いているかのようです。
抑止力としての軍備を否定はしませんが
それを含めた外交全体を
どう構築していくかの議論が
私たちの国にないことは、
恐ろしいことです。

そして一つは分断された世界。
作品では「オセアニア」
「ユーラシア」「イースタシア」と、
三つの大国に分断され、
相互に局所的な戦闘を
繰り返すことによって
均衡を保つという
世界が描かれています。
現実世界では、東西の冷戦が終わり、
多国間の貿易が浸透し、
世界から壁が取り除かれたように
感じたのも一瞬のことで、
いまや深刻な分断が進行しています。
違うのはその枠組みぐらいで、
「欧米と日本」「ロシア・中国」
「中東諸国」など、
対立が一層鮮明となっています。

作品は、主人公ウィンストンの
レジスタンス的活動が
奏功すると思いきや、
急転直下の展開で
絶望へと突き落とされます。
救いのまったくない、
正真正銘のディストピア小説として
完結します。
読後感はすこぶるよくないのですが、
だからこそ読む価値のある作品です。
ぜひご賞味ください。

(2024.5.20)

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