「檸檬」(梶井基次郎)②

美しいものとそうでないものの混在

「檸檬」(梶井基次郎)(絵:げみ)立東舎

前回、作者・梶井について
「作品の多くに
肺病を患った主人公が登場するため、
何となく病弱な高齢者の
イメージを持ってしまう」と
書きましたが、本作品についても、
同様に何か重苦しい
モノトーンの印象を抱いていました。

違いました。よく読んでみると、
実に色彩豊かに綴られているのです。
それに気付かせてくれたのが本書です。
先日取り上げた「瓶詰地獄」「猫町」
イラスト付文学である
「乙女の本棚」シリーズの一つです。

前回の2作のイラストは、文学の世界を
感覚的に表現したものでしたが、
本書は作品に書かれてある風景を
そのまま描いた、
まさに挿絵としてしっかりと
機能しているものなのです。

自分の趣味について、
「びいどろという色硝子で
 鯛や花を打ち出してある
 おはじきが好きになったし、
 南京玉が好きになった。
 またそれを嘗めてみるのが
 私にとってなんともいえない
 享楽だったのだ。」

舞台となる「丸善」について、
「赤や黄の
 オードコロンやオードキニン。
 洒落た切子細工や
 典雅なロココ趣味の
 浮模様を持った
 琥珀色や翡翠色の香水壜。
 煙管、小刀、石鹸、煙草。
 私はそんなものを見るのに
 小一時間も費すことがあった。」

爆弾を仕入れた果物屋については、
「何か華やかな
 美しい音楽の快速調の流れが、
 見る人を石に化したという
 ゴルゴンの鬼面―的なものを
 差しつけられて、あんな色彩や
 あんなヴォリウムに
 凝り固まったというふうに
 果物は並んでいる。」

このような色彩の鮮やかさに
なぜ気付かなかったのか?
それは色彩感ある表現が、
沈鬱なモノトーンの文章で
覆われているからです。
「雨や風が蝕んで
 やがて土に帰ってしまう、
 と言ったような趣きのある街で」

の後に、
「びっくりさせるような
 向日葵があったり
 カンナが咲いていたりする」

と続くのです。

美しいものとそうでないものの混在。
それが本作品の
特徴なのだと気付きました。
本書はその「美しいもの」を拾いあげ、
読み手の前に
明瞭に提示しているのです。

かつて宇野千代が
梶井の宿を訪ねた際、
机一つの殺風景な部屋に
フランスの香水瓶が
置かれてあるのを
見つけたそうです。
そのことについて宇野は後日、
「梶井が
 ウビガンの香水を持っている。
 それがどんなに、人の眼には
 ある得べくもないことのように
 思われたとしても、
 私には、いかにも
 梶井が持っているらしいもの、
 と思われた」

と記しています。

肺結核を患い、
この世の華やかなものに
背を向けたかのように見えても、
梶井の魂は常に美しいものを
追い求めていたことの証左でしょう。
本作品はまさに、作者・梶井の魂を
ものの見事に映し出していたのです。

中学生に薦めたい一冊、
学校図書館に
備えておいてほしい一冊です。

(2018.10.10)

【青空文庫】
「檸檬」(梶井基次郎)

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