「キッドナップ・ツアー」(角田光代)

女の子のための冒険小説、そして成長物語

「キッドナップ・ツアー」(角田光代)
 新潮文庫

五年生の夏休みの第一日目、
「私」はおとうさんにユウカイ
(=キッドナップ)された。
おとうさんは二か月前から
家にはいなかった。
だらしなくて、情けなくて、
お金もない
おとうさんに連れ出されて、
「私」のユウカイ旅行が
始まった…。

これまで現代作家の「児童文学」を
いくつか紹介してきました。
そのほとんどが、事件が起きない
「穏やかな日常」を描いたものでした。
本書はいきなり事件、というより
全編事件、それも誘拐事件なのです。
でも、決して暗くありません。
なぜなら
父親が娘を誘拐したのですから。
表題どおり、少女誘拐旅行物語です。

〔主要登場人物〕
「私」(ハル)

…語り手。小学校五年生の女の子。
 おとうさんにユウカイされる。
「おとうさん」(タカシ)
…「私」の父親。家を出ていたが、
 娘の「私」をユウカイし、連れ回す。
「おかあさん」(キョウコ)
…「私」の母親。夫とは不仲らしい。
 「私」がいなくなり、おろおろする。
あさこちゃん
…おかあさんの妹。31歳、独身。
ゆうこちゃん
…おかあさんの妹。29歳、独身。
ちず
…「私」が海辺で知り合った女の子。
神林
…おとうさんの友人。
 おとうさんに車を貸した。
佐々木
…おとうさんの後輩。お金を貸す。
のりちゃん
…おとうさんの昔の恋人。
 現在は佐々木の恋人。

本作品の味わいどころ①
大人の言い訳のない純粋な児童文学

本作品は、大人の事情が
登場しないのがいいところです。
多分おとうさんは、離婚するから
こんなことをしたのだろうということは
察しがつきます。
でも、作品中には
離婚の「り」の字も出てきません。
おとうさんはおかあさんに
娘の身柄の引き渡しの「交渉」もします。
交渉内容は不明です
(身代金でないことは確かですが)。
夫婦がどんな仲だったのかも
説明はありません。
おとうさんがこの事件のあと
どうなったかも語られずじまいです。

つまり、大人の立場での言い訳は
一切ないのです。
ただただ、娘が父親とともに、
夏休みの短い期間、
一緒に当てのない旅を続けたことだけが
ドラマティックに描かれているのです。
だからいいのです。
これでいいのです。
これがどこまでも純粋な
児童文学なのです。

語り手「私」の、ぶっきらぼうだけど
優しいところが素敵です。
存在感のある女の子です。
小学校五年生でありながら、
変に「女の子」していない、
素直な子どもです。
お父さんにべったりなのでも、
露骨に嫌うのでもありません。
だから父娘の
「ユウカイ旅行」が成立しているのです。
この、どこまでも児童文学に徹しきった
スタイルこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
女の子のための冒険小説&成長物語

そして本作品は、
これまでほとんど存在しなかった
女の子の冒険小説なのです。
「ユウカイ」とはいえ
その中身はりっぱに冒険です。
普段買ってもらえそうもない
派手な服を着るのも冒険なら、
海で出会った同じ歳の女の子に
話しかけるのも立派に冒険です。
駅前で「だれかたすけてええええ」と
大声で叫ぶのも冒険だし、
おとうさんと一緒に拾ったテントを
組み立てて野宿するのも
しっかり冒険なのです。

さらに本作品は、数少ない
女の子の成長物語でもあるのです。
彼女は、次第に変容していく自分に
気づきます。
「ガラスに映った、
 どの子供より汚らしい自分の姿を
 私は、なかなかいいじゃん、
 と思った」

「知らない男の子に話しかけられて、
 言葉を交わすのって
 なんて気持ちがいいんだろう」

おとうさんと二人の「ユウカイ旅行」で、
「私」は一回りも二回りも精神が成長し、
大人へと近づいているのです。

単に主人公を男の子から女の子に
置き換えたようなものではありません。
女の子にしか体験できない冒険と、
女の子ならではの成長が
描かれているのです。
この、女の子のための冒険小説であり、
成長物語であるという筋書きこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
子どもを持つ父親のための冒険小説

そして見逃してならないのは、
本作品が父親である男性のための
超一級の冒険小説であるという
事実です。
本作品は児童文学であるとともに、
大人の冒険小説、正確にいえば
「父親が読むべき児童文学」なのです。
なぜなら、大人の立場から読んでも
胸が弾む小説だからです。
本作品の「おとうさん」が素敵、
というか…、かっこわるい。
かっこわるすぎだからなのです。

娘を誘拐するために乗り付けた車は
知人から借りたもの。
最初のうちは旅館に宿泊するも、
お金がなくなると寺へ宿坊を申し込む。
スーパーで手当たり次第
カートに詰め込んだはいいが、
お金が足りずレジで品物を返却する。
泊まるところがないので
キャンプ場に捨てられていた
テントを使って野宿する。
壊れた自転車を使って移動する。
汚い身なりのまま
友人にお金を借りに行く。
やることなすこと、す
べてがかっこわるく、
要領悪く、
スマートではなく、
いけていないし…、でも、
ものすごくあたたかいのです。
かっこわるいことでさえも
しっかりとできることは、
なんてかっこいいのだろう。
このおとうさんより
年上になってしまった私には、
このおとうさんの姿が
まぶしく見えてしかたありません。

それは作中の女の子「私」にとっても
同じことです。
旅を終えて分かれる場面が秀逸です。
「薄汚れたTシャツ姿の、
 日に焼けた、
 目尻の下がった男の人は、
 不思議とぴかりと光って見えた。
 おかあさんがはじめて
 おとうさんを見たとき、きっと、
 おとうさんはこんなふうに
 見えたんだろう。
 たくさん人がいる中で、
 一人だけ、特別にぴかりと光って。」

ラストシーンまで読むと、
おとうさんの何とも切ない心の内が
伝わってきてしまい、
どうしようもなくなります。
おとうさんにとっては、
かっこうなんて気にしている場合では
なかったのです。
彼はこのあと娘と二度と会えないことを
覚悟していたのでしょう。
だからこそ、すべての行動が
真剣勝負そのものだったのです。
これはおとうさんの、
一世一代の大冒険だったです。
この、子どもを持つ父親のための
数少ない冒険小説であるという
隠れた事実こそ、本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

中学校一年生の女の子と、
中学校一年生の娘を持つお父さんが、
一緒になって読むことができれば
幸せなのでしょう。
中学生の女の子に、
そしてそのお父さんに
強く薦めたい一冊です。

(2018.12.30)

〔少年少女の冒険小説について〕
ふと思います。
男の子の冒険小説は、
古今東西あまたあります。
「宝島」「十五少年漂流記」
「トム・ソーヤーの冒険」…、
日本にも「遠い海から来たCOO」
「鉄塔 武蔵野線」
その他まだまだ紹介していない良書が
たくさんあります。でも、
女子の冒険小説が見当たらないのです。
「十五少年」にはなぜか
女子が含まれていないし
(少年だから当たり前!)、
せいぜい「トム・ソーヤー」に
女の子ベッキーが登場する程度
(冒険はしていない)です。
文学の世界ではまだまだ
男女平等が実現されていないのです。

これは過去において、女性の作家が
文壇に少なかったからでしょう。
現代作家たちの顔ぶれを見ると、
女性の方が圧倒的に多いのです。
平成になって、ようやく
女の子の冒険小説が世の中に
送り出される環境が整ったのです。
とてもいいことです。
もっと女の子の冒険小説を
探してみたいと思います。

〔関連記事:角田光代作品〕
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「不幸の種」
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