「それから」(夏目漱石)②

そして彼の思想は誰にも理解されない

「それから」(夏目漱石)新潮文庫

夏目漱石「それから」について、
前回は主人公の
労働観について書きました。
食うための労働を、
代助は「人間的ではない」と
否定しています。
労働だけでなく、彼は
家庭を持つことにも懐疑的です。

鮎や柿の乾物を送ってくれる友人に、
返礼として代助は
西洋の新刊文学書を贈ります。
初めのうちその友人は
文学書の読後感を送ってきたものの、
次第に礼状さえよこさなくなります。
友人は子育てなどの生活に追われ、
文学書を読む暇もなく、
読んでも理解できなくなっていたのです。
「代助は自分と同じ傾向を
 有っていたこの旧友が、
 当時とはまるで反対の
 思想と行動とに支配されて、
 生活の音色を出していると云う事実を、
 切に感じた。
 そうして、
 命の絃の震動から出る
 二人の響を審かに比較した。」

家庭を持つことにより
書物から遠ざかってしまった
友人の姿を見て、
代助は結婚が
文化人としての生活に
支障を来したのだと
判断しているのです。
こうした記述は他にも現れます。

労働だけでなく家庭生活さえも
文化的生活の妨げになる。
理想とする生活の達成のために、
他の不必要なものの一切を排除する。
だから三十になっても
結婚しようとしない。
父親の勧める縁談は
体よく断り続ける。
代助の思想は極端であるものの、
至極純粋であり、
ぶれることなく続いていくのです。

一見、
労働も結婚も拒絶する代助の姿は
煮え切らないようにも見えます。
しかし読み込んでいくと、
代助は決して優柔不断などではなく、
極めて確固とした意志を
持っていることがわかります。

それ故に代助は孤独です。
労働によって
変わらざるを得なかった平岡、
家庭によって
変化を余儀なくされた友人。
若い頃に自分と同じ思想を持っていた
周囲の人間が次々に変容し、
自分とは異なる観念で
生活し始めていくのですから。

そして彼の思想は
誰にも理解されることなく、
父親も、兄も、
唯一の理解者であった兄嫁すらも
彼から離れていきます。

これがいわゆる
「明治の知識人たちの苦悩」と
いうものなのでしょうか。
西洋から無秩序に流れてくる
新しい価値観と、
一般大衆の間に根強く残る
旧来の価値観。
それらの板挟みの中で苦悩する代助。
それは取りも直さず
作者漱石自身の
苦悩でもあったのでしょう。

(2019.2.4)

【青空文庫】
「それから」(夏目漱石)

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