「幸福」(中島敦)②

どちらをより現実として認識できるか

「幸福」(中島敦)(「中島敦全集2」)ちくま文庫

先日、私は風邪をひき、
苦しんでいました。
咳がひどく、
安眠できなかったのです。
1時間おきに自分の咳で目がさめる。
しんどかったです。
睡眠がいかに大切であるか、
思い知りました。

昨日に引き続き中島敦の「幸福」。
本作品の主要人物2人・下男と長老も
睡眠の重要性を思い知ったはずです。
こちらは睡眠というよりも
夢見なのですが。

悪神に祈ったその日から
下男は毎晩、
自分が権力者として振る舞う夢を
見始める。
それに伴い血色も回復し、
体の肉付きもよくなる。
下男については
昨日紹介したとおりです。
では長老はどうなったか?

長老はその晩から、
自分が奴隷として
使われる夢を見るのです。
一日中働かされ、
みすぼらしい食事しか得られない。
そして主はなぜか
自分の使っている下男と同じ顔の男。
現実には相変わらず豪勢な暮らしを
しているにもかかわらず、
長老は少しずつやつれ、
健康をむしばまれていきます。

下男は、
現実世界では労働に明け暮れ
貧しい生活を送っているが
夢の中では王として君臨している。
長老は、
現実世界では財力にまかせて
贅沢のし放題であるが
夢の中では下僕としてかしずいている。
ではどちらが「幸福」なのか?

現実として
満腹に食べているのは長老であり、
下男の満足感は幻です。
しかし実際には
長老はやせ衰え、
下男は体格が豊かになっていきます。

睡眠時間はせいぜいで8時間。
1日の1/3にしかすぎません。
1日の2/3の現実の実生活を、
その半分の睡眠中の仮想体験の効果が
上回るのです。
睡眠の効果、絶大です。
もちろんこの場合は睡眠自体ではなく、
「夢」の効果なのですが。

さて、
物語の展開としては当然、
長老と下男の
直接対決ということになります。
その勝負の行方は?
「痩せ衰えた自分の如き者が
 今更咳をしながら
 此の堂々たる男を
 叱り付けるなどとは、
 思いもよらぬ」。

現実と夢、
「どちらが現実か」ではないのです。
「どちらをより現実として
認識できるか」ということなのでしょう。

昨日書いたように、
現代の私たちは「夢」を自由に
見ることはできませんが、
仮想空間という便利(?)なものを
持ち合わせています。
仮想世界に浸る現代人を、
本作品の著者中島が見たとき、
果たしてこの現状を
「幸福」と捉えるかどうか
知りたいところです。

※本作品は
 文庫本にしてわずか10ページ。
 考えさせられる掌編です。

(2019.2.9)

【青空文庫】
「幸福」(中島敦)

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