「かめれおん日記」(中島敦)

「苦悩」こそ、本作品の読みどころ

「かめれおん日記」(中島敦)
 (「百年文庫035 灰」)ポプラ社

博物学の教員である「私」に、
船員の親戚からもらったという
カメレオンを差し出した生徒。
学校で飼ってはどうかと
いうのである。
飼育用の簡単な設備が整うまで、
「私」はこのカメレオンを
自分のアパートの部屋で
飼うことにする…。

「かめれおん日記」という表題ですが、
このカメレオンの
飼育観察日記ではありません。
「山月記」のように、
「私」がカメレオンへと
変身する物語でもありません。
カメレオンはそっちのけで、
延々と「私」が自分の内面について
(そのほとんどが自分に自信が
持てないというもの)語るという
作品です。

まず、
自分と同年代の同僚教師・吉田を
引き合いに出し、
自分のつまらなさを論じます。
吉田という人間は、
思ったことをストレートに口に出し、
活動的に働くことのできる性格です。
彼を羨ましいとは思いながらも、
尊敬しているような
記述はありません。
むしろ軽蔑に近い感情が
記されています。
そしてそれよりも劣っている
自分の在り方に苦しんでいるのです。
「近頃の自分の生き方の、
 みじめさ、情けなさ。
 うじうじと、内攻し、
 くすぶり、我と我が身を噛み、
 いじけ果て、それでなお、
 うすっぺらな犬儒主義
 (シニシズム)だけは残している。」

そして、
頻繁に起こる頭痛や
持病の喘息に苦しめられ、
健康的に生きられない自分を
卑下します。
喘息の鎮静剤の副作用で
睡眠障害を起こし、
「ボウッとしている」ために
思索が妨げられるのを
嘆いているのです。
「本当の睡眠も本当の覚醒も
 私からは失われた。
 私の精神は
 もはや再び働く力を失い、
 完全に眠り・沈み・腐った。」

さらに、
「私」は問います。
「俺は一体どこにある?」
自分自身を見失いかけているのです。

カメレオンは体色を変化させ、
背景色に溶け込むことができる
動物です。
漫画などではそれを誇張して
七色に変化させたりする
描写も見られます。
では、
カメレオン固有の色は何色?
作者・中島は、
「私」の苦悩をカメレオンに
擬えたのかもしれません。

もちろん「私」は
作者自身の投影であるはずです。
本作品の第一稿執筆は
昭和11年です。
長編作品「北方行」に頓挫し、
作家としての活動の先行きが
見えなかった時期であると同時に
転職の話のあった形跡もあり、
精神的に落ち着かなかったと
推察されます。

この苦悩が、
後の「山月記」をはじめとする
名作群を生み出す
きっかけになったのだとしたら、
本作品はまさに読みどころの宝庫と
いえるのではないかと思います。

(2019.2.8)

【青空文庫】
「かめれおん日記」(中島敦)

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