「時代」「世界」「人物」それぞれの「混じり合い」
「村田エフェンディ滞土録」(梨木香歩)角川文庫
時は1899年。
研究員・村田は
トルコ政府の招聘により、
首都スタンブールで
考古学調査に携わる。
下宿の若者たちとの交歓、
拾ってきた鸚鵡との対話、
遺跡に宿る神々との交流は、
村田に文明とは何かという
課題を突きつける…。
本作品で起こる事件は、
終末部における突然の帰国命令、
そしてその後の政情不安によって
下宿の仲間たちの運命が
一転したことのみです。
それ以前の部分では、
大きな筋書きは
ないに等しいのです。
では、何を味わうべきか?
「時代」「世界」「人物」
それぞれの「混じり合い」だと
私は考えます。
まず「時代」です。
西暦1899年とは、
明治32年にあたります。
日清戦争(1894-1895)と
日露戦争(1904-1905)の
間の時期であり、
富国強兵を成し遂げた日本が、
条約改正とともに
列強と同様の植民帝国建設を
目指し始めた時期です。
大国が小国を蹂躙し始めるように、
世界は混沌としていった
時代なのです。
そして時代はやがて
第一次世界大戦へと突き進みます。
次に「世界」です。
物語の舞台・トルコは
西洋とアジアの接する位置に
存在します。
文化にせよ
宗教にせよ
価値観にせよ、
東と西との流れが
ここで混交していくのです。
地理に疎い私には
これ以上説明できませんが。
そして「人物」です。
前述したとおり、
終末部に至るまでの部分には、
大きな事件は起きず、
国籍も宗教も違う仲間との
交歓が描かれていきます。
家主ディクソン夫人。
トルコでの女性運動に共感し、
彼の地に止まった
英国人クリスチャン。
その雇われ人・ムハンマド。
つくり話のうまいトルコ人で
回教徒。
下宿人・オットーは
ドイツ人でキリスト教信者。
もう一人の下宿人・
ディミィトリスは
ギリシャ人で希臘正教。
以上の下宿人に加え、
木下・山田・清水の日本人、
トルコ人女性・セヴィ、シモーヌ。
「時代」と「世界」が
きな臭い匂いを発しながら
衝突し合うように
「混じり合って」いるのに対し、
「人物」だけは
衝突を避けるようにしてお互いを
「すり合わせて」いくのです。
ものの見方や考え方の
異なるものどうしが、
いがみ合うのではなく、
お互いに尊重し合い、
学ぼうとする。
その姿が、
「時代」「世界」を背景にし、
光り輝くように
浮き彫りにされているのです。
「人はわかり合える」と、
信じさせてくれる作品です。
私の大好きな作家・梨木香歩の
傑作の一つです。
高校生に強く薦めたい一冊として
取り上げました。
※本作品は梨木香歩の傑作
「家守綺譚」とも繋がっています。
帰国した村田が転がり込んだ先が
「家守綺譚」の主人公・綿貫の家。
高堂の霊や
飼い犬ゴローも描かれています。
そういえば「家守綺譚」にも
綿貫・高堂の共通の友人として
村田の名前が登場していました。
(2019.2.19)