主人公は船・さくら丸
「双頭の船」(池澤夏樹)新潮文庫
船はそのまま陸地に向かい、
やがて広い砂州に
静かに乗り上げて
なおも前進を続け、
砂州が終わって
丘陵になるところまで行って
舳先を丘の辺に
接するようにして止まった。
ゆっくりと着実に
陸地化が始まった…。
粗筋ではありません。
終末の一節です。
船をつくる鉄は
やがて岩と土に置き換わり、
その後半年で船・さくら丸は
「標高五十メートルほどの
急な崖に囲まれて
ほぼ平らなさくら半島」になるのです。
タイトルの示すとおり、
この物語の舞台は船・さくら丸です。
いや、主人公と言っても
いいくらいです。
この船の特徴は作品名が示すように
「双頭」の船であることです。
この船の船首と船尾が対照形であり、
どちらも船首と
見ることができるからです。
しかし船は、その姿を変容させます。
そして船内に
巨大なコミュニティーが
出来上がった直後から、
人々は船長派と町長派に分かれ、
それは沿岸主義派と
自由航行主義派に発展します。
異なる思想、
異なる主義、
異なる行き先を抱えた
「双頭の」船として、
人々を運ぶことになるのです。
自由航行主義は、
大地を捨て、船を一つの国家として、
災害のない新しい世界へ
積極的に進んでいこうという
考え方です。
沿岸主義は、
大地との繋がりを断たずに、
災害を乗り越えて
自然と共存して生きようとする
考え方です。
私には両者の対立が、
科学万能主義と自然回帰主義との
それのように思えてなりません。
結局、
自由航行主義の1割の乗客乗員は、
小型の船に乗り移り、
独立を果たします。
そして残った人々を乗せたさくら丸は、
冒頭に抜き出したように、
半島化するのです。
そうです。
この船のもう一つの特徴は
「成長」することです。
このことの記述は、
物語前半部には
全く書かれていないため、
初めのうちは
状況がつかめなかったのですが、
次第に飲み込めました。
小さなフェリーボートだった船は、
乗客が増えるにつれて
次第にその容積を拡大していきます。
甲板の上にバスルームや
食堂ができたかと思うと、
やがて住宅や商店街などの街ができ、
最期には道路も整備され、
船自身は半島に変化し、
その役目を終えます。
人は大地から
離れて生きていくことはできない、
たとえ大地が地震という悲劇を
何度引き起こそうとも、
人は大地に根づいて
生きていくべきものだと
いうことでしょうか。
本当の意味での
復興もしくは復活とは何か。
考えさせられました。
※本書は、
東日本大震災をモチーフとした
作品です。しかし、
大震災や原発事故という言葉は
一切登場しません。
「海からすごいものが来た」
「空が壊れて人間が入れなくなった」
という表現で示しています。
(2019.3.11)