「舌」(横溝正史)

思考が気持ち悪い方向に誘導されていく

「舌」(横溝正史)
(「誘蛾燈」)角川文庫

「舌」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
   短篇コレクション④」)柏書房

「舌」(横溝正史)
(鮎川哲也編「怪奇探偵小説集」)
 双葉社

「わたし」は
人通りも少ない薄暗い横町に
開いていた露店に足を止める。
そこにはグロテスクな仏像や
胎児の標本など奇々怪々な品物が
並べられていた。中でも
「わたし」の目を引いたのは、
広口瓶に入った正真正銘の
人間の「舌」だった…。

最近、本物の人骨を使った人体標本が、
全国の高校の理科室から
見つかっているという
ニュースを聞きました。
模型だと思ったものが
実は本物だったとすれば、
気持ち悪いばかりです。
でも、本作品の「気持ち悪さ」は
それどころではありません。
横溝正史の短篇作品「舌」です。
本作品の味わいどころはズバリ、
「気持ち悪さ」そのものです。

〔主要登場人物〕
「わたし」

…ふとしたことで妖しげな露店に
 立ち寄る。
「主人」
…無表情な顔をした露店の主人。
「男」
…愛人に舌をかみ切られて死んだ男。
 弁護士。
「若い娘」
…「男」を殺害した娘。
 かつて弁護士宅の小間使いだった。
「女」
…露店に現れた女。
 殺された弁護士の夫人。

本作品の味わいどころ①
露店「主人」が「舌」を持っていた謎

殺害された「男」には
「舌」がなかったことが知られています。
犯人の「若い娘」が
復讐のために殺害した「男」の「舌」を
現場から持ち去ったのはなぜか?
その「舌」をどうやって
この露店「主人」が手に入れ、
保存することができたのか?
この「主人」はいったい何者なのか?
「若い娘」と「主人」には
どのような接点があるのか?
「主人」は殺人事件に
どう関わっているのか?
もしかして「主人」は
何かの魔物のような存在なのでは?
考えれば考えるほど、
この露店「主人」が
おぞましい存在に思えてきます。
この、
露店「主人」が「舌」をもっていた謎が
呼び起こす「気持ち悪さ」こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
「女」が「男」の「舌」を買い求めた謎

「男」を殺害した「若い娘」は、
別の場所で自死しています。
殺された「男」の妻(「女」)が
その舌を買い求めたのは、
どう考えても
夫の「遺品」としてではなさそうです。
もしやこの夫人が夫を殺したのでは?
そしてその罪を
「若い娘」になすりつけたのでは?
この「舌」はその犯罪の証拠品なのでは?
露店「主人」はそれを承知で
「舌」を「女」に売りつけたのでは?
「女」は露店「主人」に
強請られているのでは?
ここから偽装殺人事件の筋書きを
創り出せそうなほどです。
この、
「女」が「男」の「舌」を買い求めた謎が
呼び覚ます「気持ち悪さ」こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
「女」が最後に「黒い舌」を見せた謎

終末の場面がまた恐怖を誘います。
「舌」を買い取った「女」は
「わたし」の方を振り返り、
「どう、これは…?」といって
「ペロリと長い黒い舌を
出してみせた」のです。
たまたま居合わせた「わたし」に、
なぜこの「女」は「舌」を見せたのか?
「女」の「長い黒い舌」は
果たして人間のものなのか?
「女」はもしかして
妖怪変化の類いではないのか?
もしや「わたし」は見てはいけないものを
見てしまったのか?
もしかしてすでに
事件に巻き込まれているのではないか?
「わたし」はこのあと無事なのか?
ホラー作品のような映像が、
次から次へと
脳裏に浮かんでしまいます。
この、
「女」が最後に「黒い舌」をみせた謎が
想起させる「気持ち悪さ」こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

一人称の文体は、それらが
読み手自身のことのように迫ってきて、
背筋が無性に寒くなります。
わずか6頁ながら、本作品は
強烈な恐怖体験を読み手に与えます。
ミステリというよりも
すでにホラーです。
読み手の思考は、次から次へと
「気持ち悪さ」に誘導されていくのです。
戦前に多彩な作品を残した横溝正史。
やはり横溝は
金田一ものだけではありません。
ぜひご賞味ください。

(2019.4.7)

〔「誘蛾燈」角川文庫〕
妖説血屋敷
面(マスク)
身替り花婿
噴水のほとり

三十の顔を持った男
風見鶏の下で
音頭流行
ある戦死
誘蛾燈

〔柏書房「横溝正史ミステリ
  短篇コレクション④誘蛾燈」〕

妖説血屋敷
面(マスク)
身替り花婿
噴水のほとり

三十の顔を持った男
風見鶏の下で
音頭流行
ある戦死
誘蛾燈
広告面の女
一週間
薔薇王
湖畔
幽霊騎手
孔雀屏風
湖泥

〔「怪奇探偵小説集」双葉社〕
悪魔の舌 村山槐多
白昼夢 江戸川乱歩
怪奇製造人 城昌幸
死刑執行人の死 倉田啓明
B墓地事件 松浦美壽一
死体蠟燭 小酒井不木
恋人を食う 妹尾アキ夫
五体の積木 岡戸武平
地図にない街 橋本五郎
生きている皮膚 米田三星
謎の女 平林初之輔
謎の女(続編) 冬木荒之介
蛭 南沢十七
恐ろしき臨終 大下宇陀児
骸骨 西尾正
 横溝正史
乳母車 氷川瓏
飛び出す悪魔 西田政治
幽霊妻 大阪圭吉
※なお、表紙の装丁画は
 杉本一文画伯のものです。

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「裏切る時計」
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