男を吸い寄せ、もてあそぶ美しい女主人
「誘蛾燈」(横溝正史)角川文庫
「蛾が舞いこんできやがったぞ。
誘蛾燈に誘われて」。
そうつぶやいた男に、
青年は尋ねる。
道一つ隔てた坂上に見える、
薔薇色の灯をともした建物。
男は静かに、
その屋敷に住む美しい女主人の、
世にも恐ろしい物語を語り始める…。
男を吸い寄せ、もてあそぶ美しい女主人。
横溝正史特有のキャラクターです。
「丹夫人の化粧台」「華やかな野獣」
「黒猫亭事件」等、
そうした設定はいくつも見られます。
本作品は、
そうした「妖しい女主人」の中でも
一頭地を抜いています。
本作品の読みどころ①
女主人の悪質性
一言で言えば、
完全犯罪となる殺人事件を
いくつか犯した、
稀代の悪党なのです。
自分の夫も情人も、
自分のために殺めても
まったく動じない、
一点の曇りもない悪人です。
小説の登場人物も
これだけはっきり「黒い」と
かえって小気味よいくらいです。
本作品の読みどころ②
男の口から語られる犯罪
この女主人の恐ろしい犯罪は、
すべて男の口から
語られるだけなのです。
直接的な描写は一切ありません。
女が表面に登場しない分だけ、
より一層恐怖が強調される仕組みです。
本作品の読みどころ③
妖しい「誘蛾燈」
男を誘うシグナルは、
やはりいくつかの作品に
登場しています。
本作品の場合は
毎晩色を変える寝室の灯。
薔薇色の灯は男を誘う色なのです。
男が語る「あの灯が薔薇色に輝く晩は
気をつけなきゃいけねえ」は、
「気をつけたまえ、丹夫人の化粧台」
(丹夫人の化粧台)、
「鵺の啼く夜に気をつけろ」
(悪霊島)と共通した、警告の台詞です。
本作品の読みどころ④
救われない結末
男の話を聞いた青年は、
実は女に弟を殺されていたのです。
当然敵討ちに乗り込むのですが…、
木乃伊取りが木乃伊になって
幕を閉じます。
勧善懲悪などに目もくれず、
最後の最後まで「悪」としての
女の設定を徹底しているのです。
本作品は昭和12年に発表されています。
「白い恋人」「三十の顔をもった男」等の
傑作短篇、
「焙烙の刑」「幻の女」等の
由利先生シリーズ、
ジュヴナイルの「幽霊鉄仮面」、
「不知火甚左捕物双紙」シリーズと
いった捕物帖等々、
多種多様な作品を生み出していた、
創作意欲の最も充実していた
時期に当たります。
「八つ墓村」や「獄門島」だけが
横溝正史ではありません。
横溝の小説世界はきわめて豊穣です。
※角川文庫の横溝シリーズは
高校時代に7割方そろえたのですが、
本書のように表紙が淫らなものは
なかなかレジに持っていく
勇気がなく…、それから30数年、
つい最近、古書を購入した次第です。
(2019.4.14)