「都会の幽気」(豊島与志雄)

人口密度の極端に高まった都会人の「残存意志」

「都会の幽気」(豊島与志雄)
(「女霊は誘う」)ちくま文庫

都会の夜に
人の気配を感じ始めた「私」。
誰かが私の後ろをつけてくる
気配を感じるのだが、
ふり返ると誰もいない。
その感覚は日増しに強くなり、
明確な形をもっている影が、
「私」の身体に寄り集まってくる。
ついに「私」は…。

ホラー小説といってしまえば
それまでなのですが、本作品は
明治生まれの作家・豊島与志雄が
大正14年に発表した文学作品なのです。
読み進めるうちに、
次第に恐怖が積み重ねられていきます。
その概要は…。

①帰宅の夜道で
 後ろからついてくる気配を感じる。
②気配が形を成し、
 人の影として身体に寄り添ってくる。
③昼間もその影が現れ、
 玄関先まで入ってくる。
④下宿の自室で若い学生の影が
 首をくくる姿が現れる。

たまったものではありません。
「私」が下宿のおかみに尋ねると、
やはり数年前にその部屋で若い学生が
首をつって自殺したとのこと。

当然部屋を替えてもらうのですが、
それで解決しませんでした。
次の部屋でも若い学生の喀血、
男による女中への強姦、
盗人の跋扈、
そうした過去に起きたであろう
凄惨な場面が、
次から次へと見えてくるのです。

「私」が見てしまった
(見えてしまった)ものは、
幽霊や霊魂といったものではなく、
過去の人間たちの
「残存意志」なのでしょう。
「この都会の中のあらゆるものが、
 人間に接触し
 人間の気を帯びている。
 人間の息吹きが凝って
 一つの濛気となり、
 至る所に立罩めている。
 しかもその濛気の中には、
 或る時或る瞬間の
 種々雑多な姿や匂いなどが、
 数限りもなく刻印せられる。」

おどろおどろしい雰囲気の中で、
次から次へと超常現象が現れ、
読み手を怖がらせようという
ホラー小説の手法とは異なります。
語り手「私」が、やや硬質の文体で
淡々と体験を語るだけなのですが、
その分、「私」の感じた恐怖を
読み手が追体験できるしくみに
なっているのです。

大学で自然科学を学んだ一人として、
私も幽霊の存在など
信じてはいないのですが、
人口密度の極端に高まった都会人の
残存意志について、
こうして理詰めで説明されると
そのような気になってくるから
不思議なものです。

最後には昼夜問わず、
ありとあらゆる場所で残存意思が
見えてしまうようになった「私」は、
「薄曇りの真昼中、往来の真中に、
 どうすることも出来ないで、
 惘然として立ちつくした。」

※ちなみに大正14年の東京の人口は
 448万5144人、
 人口密度2094人/km2
 一方、平成27年度では
 それぞれ約3倍の1351万5271人、
 6169人/km2となっています。
 豊島与志雄が現代の東京を見たら、
 どんな小説を書くのでしょうか。

(2019.8.5)

Rudy and Peter SkitteriansによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「都会の幽気」(豊島与志雄)

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