「野球部ひとり」(朝倉宏景)

野球もスポーツも正直でリアルで現実的であるべき

「野球部ひとり」
(朝倉宏景)講談社文庫

瑞樹が主将を務める
渋谷商高野球部は、
三年生が全員退部し、
一、二年生だけの
8人になってしまう。
このままでは大会に出場できない。
瑞樹は部員が春一たった一人だけの
自由が丘高と合同チーム結成を
画策するが、そこには…。

そこには当然幾多の困難が
待ち受けています。
まず瑞樹の所属する
渋谷商高はヤンキー校。
自由が丘高は進学校。
ものの見方や考え方が
大きく異なる以上、
衝突は避けられないと瑞樹は考えます。
そして春一の熱すぎる性格と
何か隠してある事情が、
瑞樹には気がかりです。
そしてそこまでやる必要があるのか、
野球にそこまで打ち込んで
いいのかという迷いが
瑞樹にはあるのです。

瑞樹や春一や他の部員たちが、
それら一つ一つを乗り越えて
甲子園予選にこぎ着けるドラマには、
爽やかで清々しい感動をおぼえます。
しかし本作品の読みどころは、
そうした感動的な筋書きではなく、
次の3点であると考えます。

本作品の読みどころ①
きわめて正直な感覚をもつ登場人物

本作品の登場人物たちは正直です。
早々と見切りを付けた先輩や同級生を
目の当たりにし、瑞樹は悩みます。
「野球をつづけたいなら、
 どこか適当な学校でレギュラーを
 張ったほうがよっぽど
 楽しいんじゃないだろうか?
 それとも、強豪校に入ったという
 意地やプライドだけで、
 見こみのないことを
 やりつづけているのだろうか?」

脇目も振らずにまっしぐらには
突き進みません。
悩み迷いながら進んでいくのです。
おそらくは誰しもが
感じるであろう悩みを、
作者は登場人物の口を借りて
正直に吐露しているのです。

本作品の読みどころ②
きわめてリアルな感覚をもつ登場人物

本作品の登場人物たちは
リアルな感覚に満ちあふれています。
「一生懸命がダサいから、
 ダルい空気を身にまとう。
 生ぬるい空気のなかで
 練習をつづける。」

これが若い人たちの
本音なのかも知れません。
「それじゃあいかんだろ」とその姿勢を
正す野暮な大人など登場させず、
作者はありのままに
登場人物に語らせています。

本作品の読みどころ③
きわめて現実的な感覚をもつ登場人物

本作品の登場人物たちは
現実的に物事を捉えています。
「たぶん、限界を知ったところから
 スタートしなきゃ
 いけないんだろうなぁって。」

「限界を超えろ」だけで
突っ走ってはいません。
作者は根性論に陥らず、
登場人物たちに現実的な課題解決を
行わせているのです。

先日来、ネット上では
甲子園予選の選手起用に関わって、
化石的な評論家の言動が
取りざたされています。
根性論的スポーツ観は
昭和の時代で終いにするべきです。
野球もスポーツも、
正直でリアルで現実的であるべきです。

いや、こんなことを
くどくどと書かなくとも、
本作品の面白さは読めばわかります。
全400頁をノンストップで
読み通してしまう面白さです。
この夏の読書にいかがでしょうか。

(2019.8.7)

ミートくんさんによる写真ACからの写真

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