「枯木のある風景」(宇野浩二)

古泉の作風の変化は宇野の変容と重なる

「枯木のある風景」(宇野浩二)
(「百年文庫097 惜」)ポプラ社

「百年文庫097 惜」ポプラ社

「枯木のある風景」(宇野浩二)
(「思い川/枯木のある風景/蔵の中」)
 講談社文芸文庫

「思い川/枯木のある風景/蔵の中」

画家・島木は旅行の最中に
同じ画家・古泉の訃報に接する。
島木は昨年、
古泉のもとを訪れていた。
そして制作途中の
「裸婦写生図」と
「枯木のある風景」を見せられ、
その芸術的技巧が
一段と冴え渡っているのを
見届けたばかりだった…。

「裸婦写生図」「枯木のある風景」という
古泉の二作品を見た島木は、
古泉の芸術的技巧が以前にも増して
進化を遂げていることだけでなく、
これまでの作風から大きな転換点を
迎えているのを知ることになるのです。
「古泉独特の鋭利な観察と
 適確な技法とは
 これまでの古泉の絵に
 共通したものであるが、
 その構図は
 大胆不敵なものであった。
 これまでの古泉の人物画は、
 裸婦にしても、
 一般の人物にしても、
 一人の人物をさまざまの形にして、
 それを根は写実であるが、
 模様風に表したものであるが、
 今度のは裸婦と人物とを
 一緒に取り入れている、

 古泉一流の模様風ではあるが、
 飽くまで写生に根を据えた
 構図であった。」

それだけではありません。
かつては雄弁で快活だった古泉に、
島木はこのとき「何とも痛ましい表情」を
見て取っているのです。
これは「死の影」とも考えられます。

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古泉の作風の大きな変化は、
そのまま作者・宇野浩二
文体の変容に重なります。
前回取り上げた「子を貸し屋」は、
軽妙洒脱な文章と落語のような展開で、
終始笑いを誘う短篇でした。
それまでの宇野作品は、
その文体から、そしてその語り口から
ユーモアが滲み出ていました。
しかし本作品にはそうした要素は
一切見られず、何か真剣な雰囲気が、
作品の底流に漂っているように
感じられます。

それもそのはずです。
本作品は昭和2年に
精神の異常を来たして
筆を折っていた宇野が、
5年ぶりに文壇に帰ってきた
復帰第一作なのですから。
少しずつ体を蝕まれ、
死が見えてきた古泉同様、
宇野もまた精神を病み、
死の淵を覗いてから
その作風を大きく転換させたのです。
いわば小泉の気風の変化は、
現実の宇野の精神状態を
具現していると
見ることもできるのです。

ただし、この小泉は宇野自身ではなく、
実在の画家・小出楢重をモデルとして
創作された人物です。
同名の小出の二作品に
感銘を受けた宇野が、
そのまま自身の小説中に
登場させたのです。

本作品を読み解くには、
この小出楢重の二作品を見なければ
理解できない部分が
多いのかも知れません。
今後勉強してみたいと思います。

(2019.12.10)

〔追記〕
調べたらすぐ出てきました。
「枯れ木のある風景」というタイトルの
作品は以下のものです。

「枯れ木のある風景」

「裸婦写生図」という作品は
見当たらないのですが、
「枯れ木のある風景」と同じ
1930年の作品としては、
以下のものが考えられます。

「横たわる裸身」
「支那寝台の裸婦」

なお、小出楢重は1931年に没していて、
その作品の著作権は
すでに終了しています。

(2019.12.22)

〔「百年文庫097 惜」〕
枯れ木のある風景 宇野浩二
ラ氏の笛 松永延造
赤まんま忌 洲之内徹

〔「思い川/枯木のある風景/蔵の中」〕
思い川
枯木のある風景
蔵の中

〔宇野浩二の本について〕
現在流通しているのは、
本作品を含む
講談社文芸文庫からの一冊のみです。
岩波文庫は中古を探せば
以下のものが見つかりそうです。
「苦の世界」
「蔵の中/子を貸し屋」

〔関連記事:宇野浩二の作品〕

Rudy and Peter SkitteriansによるPixabayからの画像

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