「技師の親指」(ドイル)

うまい話にはウラがあるものです

「技師の親指」(ドイル/日暮雅通訳)
(「シャーロック・ホームズの冒険」)
 光文社文庫

「シャーロック・ホームズの冒険」

開業医に戻っていた
ワトスンのもとに、
親指を切断されたハザリーが
治療に訪れた。
彼は水力技師で、
スターク大佐という男から
高額の仕事を依頼され、危うく
殺されるところだったという。
ワトスンは彼をホームズに
引き合わせる…。

やはりコナン・ドイル
ホームズ・シリーズは面白さ抜群です。
明智も金田一も
もちろん素晴らしいのですが、
ホームズには
ホームズ独特の良さがあります。
56あるホームズの短篇中、
9作目となる本作品は、
怪しい犯罪の臭いが
ぷんぷんするとともに、
依頼人の命が危ういものとなり、
まさにサスペンス感満載です。

〔主要登場人物〕
ヴィクター・ハザリー
…水力技師。事件に巻き込まれ、
 左手の親指を切断される。
「わたし」(ジョン・H・ワトスン)
…語り手。医師(元軍医)。ハザリーを
 診療し、ホームズへ取り次ぐ。
シャーロック・ホームズ
…探偵コンサルタント。
 ハザリーの話から犯罪の存在を知り、
 事件に積極的に関わる。
ライサンダー・スターク
…ハザリーに仕事を依頼した陸軍大佐。
 その正体は謎。偽名らしく、
 手下の女からはフリッツと呼ばれた。
ファーガスン
…スターク大佐の秘書兼マネージャー。
 陰気で無口。
「親切な夫人」
…スタークの手下と思われる女性。
 ハザリーに危機を伝える。
 スタークからはエリーゼと呼ばれた。
ブラッドストリート
…スコットランド・ヤード警部。

本作品の味わいどころ①
「知りすぎてしまった男」ハザリー

依頼人ハザリーの一夜の体験こそが
味わいどころです。
あまりにもうますぎる条件での
仕事の依頼。当然そこには
犯罪が潜んでいるはずです。
ハザリーがぼんくらなら、
何事も気づかずに依頼を完了し、
報酬を受け取ることができた
可能性があります。
しかし知りすぎてしまったのです。
彼の述懐を読んでいるうちに、
読み手もまた同じレベルで
恐怖を感じてしまう仕組みなのです。

釣り天井のような仕掛け部屋で
殺害されかけたハザリー。
自力で脱出できたものの、
追い詰められ、
窓枠にぶら下がっていたところに
斧を振り下ろされ、親指を失うのです。

本作品の味わいどころ②
「ドラマを創り出す女性」エリーゼ

親指を失っただけで
生命を失わなかった理由は、
悪党一味にもまっとうな人間がいて、
その尽力で助かったのです。
その一人が女性のエリーゼ。
彼女がハザリーの危機を救うのです。
こうした役割を担う人物がいなければ、
ハザリーは殺害され、
探偵譚にはならないのです。
絶妙な人物配置です。

本作品の味わいどころ③
「すべてを暴き出す探偵」ホームズ

そしてお膳立てが
出来上がったところで、
ホームズの活躍です。
すぐさま警察に連絡、
強制捜査に乗り出します。
悪党一味の捕縛には
至りませんでしたが、
事件は見事に解決を迎えます。

やはり、
うまい話にはウラがあるものです。
常識はずれの高額報酬には、
当然それなりの秘密があるし
リスクも大きいのです。
「ウラのあるうまい話」は、
ヴィクトリア朝末期の
ロンドンだけのことではありません。
現代でもしっかり
「闇バイト」として根付いています。
人間誰しもハザリーのように、
背に腹は代えられぬと
「うまい話」に引きつけられることも
あるでしょう。しかし同時に、
ホームズのように冷静かつ
客観的論理的に思考し、
そのようなものは存在するはずがないと
突き放すことが大切です。

終末の場面、ハザリーの
「いったい何の得るところが
あったんでしょう?」という
問いかけに、
ホームズは「経験ですよ」と答えます。
何事も経験です。
どんなに辛い経験でも、
それを活かすことは
できるということでしょう。
一方、現代の「闇バイト」
手を染めてしまえば、
「経験ですよ」と諭されて
終わるわけにはいきません。
重い責任と刑罰が降りかかってきます。

作品の発表は1892年。
十九世紀末の暗澹たる時代です。
陰惨な事件が陰惨なまま
終わってしまっては
いけなかったのでしょう。
前向きな思考で物語を閉じています。
ホームズが愛される理由は
そうしたところにも
あるのかもしれません。

(2019.12.30)

〔「シャーロック・ホームズの冒険」〕
ボヘミアの醜聞
赤毛組合
花婿の正体
ボスコム谷の謎
オレンジの種五つ
唇のねじれた男
青いガーネット
まだらの紐
技師の親指
独身の貴族
緑柱石の宝冠
ぶな屋敷
注釈/解説
エッセイ「私のホームズ」小林章夫

〔関連記事:ホームズ作品〕

〔光文社文庫:ホームズ・シリーズ〕
「緋色の研究」
「四つの署名」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「シャーロック・ホームズの回想」
「バスカヴィル家の犬」
「シャーロック・ホームズの生還」
「恐怖の谷」
「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」
「シャーロック・ホームズの事件簿」
ホームズ・シリーズは
いろいろな出版社から
新訳が登場しています。
私はこの光文社文庫版が一番好きです。

〔関連記事:海外ミステリ〕

dakzxzによるPixabayからの画像

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