「花婿の正体」(ドイル)

殺人が起きないからこその味わい

「花婿の正体」
(ドイル/日暮雅通訳)
(「シャーロック・ホームズの冒険」)
 光文社文庫

「シャーロック・ホームズの冒険」

ホームズのもとを
訪れた依頼人は、
メアリという娘だった。
彼女の花婿となる男性・
エンジェルが、結婚式の朝に
失踪したのだという。
その日、二人は別々の馬車で
教会に到着したのだが、
彼は後ろの馬車から
忽然と姿を消していた…。

コナン・ドイルによる
シャーロック・ホームズ・シリーズの
短篇作品です。
「緋色の研究」「四つの署名」
「ボヘミアの醜聞」に続く、
ワトスンの記録するホームズ4つめの
事件です(発表順は5番目。
4番目に発表された「赤毛組合」の方が、
この事件の後に起きている。
「赤毛組合」には本作品の事件のことが
記載されている)。
「緋色の研究」「四つの署名」の
長篇作品で、
過去の因縁が複雑に絡む殺人事件を、
そして「ボヘミアの醜聞」では、
ボヘミア王室を揺るがす
国際的な事件を
ホームズに解決させたドイルですが、
本作品はいささかそのスケールが
縮小されています。
しかしそれが、本作品に
独特の味わいを与えているのです。

〔主要登場人物〕
ジョン・H・ワトスン
…語り手。医師(元軍医)。
 ホームズと同居し、
 彼の仕事に同行する。
シャーロック・ホームズ
…探偵コンサルタント。
 ワトスンと共同生活することになる。
メアリ・サザーランド
…依頼人。失踪した花婿の行方を
 捜して欲しいとホームズに依頼する。
 極度の近眼。タイピスト。
ホズマー・エンジェル
…メアリと婚約した青年。
 結婚式の朝、忽然と姿を消す。
ウィンディバンク・サザーランド
…メアリの継父。
 メアリが外出するのを嫌っている。
ネッド
…メアリの伯父。メアリに遺産を遺す。
 メアリはその利子を受け取っている。

本作品の味わいどころ①
相変わらずの鋭い観察眼

ホームズ・シリーズの味わいどころは、
何といっても冒頭でホームズが見せる、
鋭い観察眼です。
わかっていながら、ついついそれを
読み手は期待してしまうのです。
今回も依頼人メアリを
一目見たなりホームズは、
眼鏡をかけていないのに
「近眼」であること、
そして職業は「タイピスト」であることを
指摘して、本人を驚かせます。

そしてそれをワトスン相手に
自慢げに語るのもいつも通りです。
今回はさらに嫌みが効いています。
ワトスンに見解を述べさせた後、
得意そうに
「驚いたね、ワトスン君も
 ずいぶん進歩したもんだ。
 いや、まったくおみごとだよ。
 重要なことをすべて
 見落としているのは確かだが、
 観察の方法を身につけたようだし、
 色に対しても敏感だ」

褒めているのか貶しているのか
わかりません。
ワトスンがよく怒らないものです。

本作品の味わいどころ②
捜査は手紙を書いただけ

依頼人との面会を
終えたホームズですが、
何やらそれだけで事件の概要を
掴んでいる様子です。
どんな捜査が始まるかと期待すると…、
ホームズがその後に行った捜査活動は、
実は手紙を二通書いただけなのです。
その「返信」を得るのが目的なのですが、
さて、それは何を意味しているのか?

本作品の味わいどころ③
意外な結末、意外な決着

その返信が届き、
ホームズが呼び出した相手が
現れた段階で事件は解決します。
その真相は実に意外なものなのですが、
事件に対する「決着の付け方」も
意外なものです。
法律に触れる「事件」ではないものの、
しかし「許されざる行為」なのです。
「確かに、法律はおまえを
 罰することはできない。
 だが、おまえほど
 罰を受けるべき人間もいない。
 あの娘に兄弟か男の友人がいたら、
 必ずおまえを鞭で打ちすえるに
 違いない。そうだとも!」
と、
武器を取り出し、いきなり
私刑を加えようとします(加える前に
相手は逃げ出したのですが)。

冷静で冷徹な判断力が持ち味の
ホームズですが、
冷たい人間ではないことが
描かれています。
悪に対しては熱血の姿勢で臨み、
打ちひしがれた被害者に寄り添う
厚い心情をもった探偵なのです。

殺人が起きないからこその
味わいがあるのです。
法律上は「事件」にならない事件でも、
面白い作品として創り上げることは
可能なのです。
古典的探偵小説でありながら、
現代の私たちが読んでも
なお新しい発見をもたらしてくれる、
それがシャーロック・ホームズ・
シリーズなのです。
「古い」などといわずに、
全世界に愛好家を持つ作品を、
ぜひご賞味ください。

〔「シャーロック・ホームズの冒険」〕
ボヘミアの醜聞
赤毛組合
花婿の正体
ボスコム谷の謎
オレンジの種五つ
唇のねじれた男
青いガーネット
まだらの紐
技師の親指
独身の貴族
緑柱石の宝冠
ぶな屋敷
注釈/解説
エッセイ「私のホーム」小林章夫

〔関連記事:ホームズ作品〕

〔光文社文庫:ホームズ・シリーズ〕
「緋色の研究」
「四つの署名」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「シャーロック・ホームズの回想」
「バスカヴィル家の犬」
「シャーロック・ホームズの生還」
「恐怖の谷」
「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」
「シャーロック・ホームズの事件簿」
ホームズ・シリーズは
いろいろな出版社から
新訳が登場しています。
私はこの光文社文庫版が一番好きです。

(2019.12.30)

mohamed HassanによるPixabayからの画像

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