「丹生都比売」(梨木香歩)

「救いが与えられている」と考えてはいけない

「丹生都比売」(梨木香歩)
(「丹生都比売 梨木香歩作品集」)
 新潮社

草壁皇子が見た夢の中の少女は、
丹薬の匙加減により毎日
少しずつ水銀の分量を増やし、
自身の弟を死に至らしめる。
時が移り大人になったその子は、
次には姉の命を奪う。
草壁皇子がみた夢の中の少女は、
母・鵜野讃良皇女だった…。

梨木香歩が歴史を材にとって
編み上げた中篇作品です。
671年、
天智天皇の太子・大友皇子に対し、
皇弟・大海人皇子(後の天武天皇)が
挙兵した壬申の乱。
その大海人皇子と鵜野讃良皇女
(うののさららのひめみこ)の子が
草壁皇子(くさかべのおうじ)なのです。
梨木は、吉野裕子による
「母后持統天皇による愛児草壁抹殺説」を
小説として昇華させたのです。

「実子殺害」というと、
昨今の児童虐待死を
思い浮かべてしまいます。
持統天皇に関わる資料を紐解くと、
彼女は現代の「虐待する親」とは
異なることがわかります。
彼女以外の女系天皇の多くが飾り物
(政務担当者が別に配置される)で
あったのに対し、
彼女は自身が有能な政権担当者であり
統治者だったのです。
加えて壬申の乱自体も
夫・大海人皇子単独の事業ではなく、
彼女が積極的に加担したことも
知られています。
政治権力に対する攻めの姿勢。
そこから推論された
「愛児草壁抹殺説」だと考えられます。
仮に説が「事実」だとすれば、
そこには我が子を殺害してでも
自らが皇位につかなくてはならない
何らかの政治的理由(例えば
自らの直接指揮でなければ
なしえないような政治改革の断行等)が
あったのかもしれません。
作品には、死にゆく我が子の手を取って
号泣する母の姿が記されています。

一方、
母親から死を与えられた草壁皇子
(このときすでに成人している)は、
おそらくは事情を知りつつ、
運命に身をまかせていたと
考えられるのです。
抗うこともせず、恨むこともせず、
母親への愛しさを抱いたまま
命を終える。
作者・梨木は巻末のあとがきで、
「他者の事情をなんとなく察して、
それと意識せぬまま
自ら受難の道を選びとっていく
子どもたち」と解説しています。

救いを与えているのが
吉野の地の神・丹生都比売の存在です。
草壁皇子幼少の折から
少女・サキに化身し、
皇子を陰から支えてきたのです。
皇子の魂は丹生都比売に召されます。

いや、「救いが与えられている」と
考えてはいけないのかもしれません。
皇子の魂は救済されても、
彼の命と人生は
全く救われてはいないのですから。
実母に命を奪われるという悲劇は、
現代にこそ数を増して
繰り返されています。
子どもの目線から捉えられた
美しい描写は、
第三者の視点で冷静に見つめたとき、
その悲劇性をより強く
浮かび上がらせていることに
気づかされます。

幻想的な美しさの中に、
深い孤独と悲しみを湛えた
梨木香歩の一品、
ぜひご一読ください。

(2022.1.18)

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