「死仮面」(横溝正史)

金田一耕助の事件簿016

想像をかき立てられる、素敵な横溝作品

「死仮面」(横溝正史)
(「死仮面」)角川文庫

「死仮面」角川文庫

その女のいのちは
眼にありました。
いくらか碧味をおびた瞳は、
深淵のようにすんで、
まじまじと物を見つめるとき、
対象となるものを、
そのまま瞳のなかへ吸いとろうと
するかのようでした。
その女はいつも悲しげで、
三か月の…。

旧角川文庫の横溝正史シリーズで
最後に刊行(1984年)された長篇作品が、
ようやく復刊されました。
初版本を所有しているにもかかわらず、
またしても復刻版を
購入してしまいました。

本作品、
八つ墓村事件解決後の金田一耕助
岡山県警の磯川警部を訪ねた件から
始まる経緯や、
東京での三角ビルにおける
金田一耕助事務所開設直後の
事件であること、
そして学園の女生徒が途中から
ヒロイン的な活躍をする点などなど、
読みどころは盛りだくさんです。
しかしそれ以上に注目すべきは
「想像をかき立てられる点」にあります。

【事件簿File-016「死仮面」】
〔事件発生〕
昭和23年(東京)
〔依頼人〕
上野里枝
…夏代が引き取り川島学園の教師に。
 事件捜査を金田一に依頼。
〔捜査関係者〕
磯川警部
…岡山県警警部。
 県警に立ち寄った金田一に
 「死仮面」の情報提供。
 実際の捜査には関わっていない。
〔事件関係者〕
白井澄子
…川島女子学園生徒。
 学園経営者・夏代に育てられる。
川島春子
…川島女子学園創始者。故人。
川島夏代
…川島女子学園経営者。参議院議員。
川島圭介
…夏代の養子。学園の英語教師。
山内君子
…姉・夏代のもとに身を寄せていたが
 家出。
加藤静子
…新橋の名妓・駒代。
 夏代・里枝・君子の母。
 夏代・里枝・君子の三人は異父姉妹。
古屋舎監
…川島女子学園寄宿舎舎監。
野口慎吾
…容貌の醜い貧乏な彫刻家。
山口アケミ
…慎吾と同棲生活後、死亡。
 腐乱死体で発見される。
葉山京子
…キャバレー・ダンサー。
 殺人犯として逃亡。
 アケミと同一人物らしい。
内海弁護士…夏代の顧問弁護士。

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かき立てられる想像①
由利麟太郎なら
どのように解決していた?

本作品には実は「死仮面された女」
題された原形作品があります
(といっても、わずか数頁で中断された
未完成原稿なのですが)。
驚くべきことに、
そちらは金田一ではなく
由利麟太郎ものとなっているのです。
もし中断されずに
完成までこぎ着けていたら、
どのような作品になっていたのか?
他の由利・三津木作品同様に
耽美的な設定や
ジュヴナイル的キャラクターの登場の
可能性があり、
金田一「死仮面」とは雰囲気の異なる
作品となったかも知れません。
想像をかき立てられます。

かき立てられる想像②
磯川・等々力両警部
そろい踏みになったかも?

本作品は、横溝が「悪霊島」執筆終了後、
改稿される予定だったようです。
天は残酷にも横溝に
その時間を与えませんでしたが、
もしそれが叶っていれば、
磯川・等々力両警部そろい踏み
合同捜査作品となっていた可能性が
あるのです。
現行「死仮面」では、
東京での事件が
澄子を中心に据えたために、
捜査陣が十分に描写されていません。
一方、岡山の事件は
プロローグ的な扱いで
終わっているため、
磯川警部は冒頭のみの登場です。
もし、
東京の事件の捜査陣を丁寧に描いて
等々力警部を登場させ、
岡山県での事件を
重層的に関連付けさせることにより
磯川警部の捜査を再開させ、
事件を東京と岡山にまたがる
広域殺人事件として設定し直せば、
めでたく磯川・等々力両警部
合同捜査ものとなったはずです。
想像をかき立てられます。

かき立てられる想像③
改稿後は学園生活が
もっと描かれていた?

巻末の解説には、
「当時、私はなぜか
この作品を毛嫌いし、
本にしなかった。
話が陰惨すぎたせいであろう」という
横溝の談が掲載されています。
もし改稿が為された場合、
横溝は本作品に「明るさ」を
加えたのではないかと思われます。
だとすれば、澄子を中心とする
学園生活の描写が
もっと増えたかも知れません。
横溝のジュヴナイル作品には、
女生徒を主人公に据えた作品が
いくつもあり、
考えられないことではないのです。
想像をかき立てられます。

残念なことに、それらは
「if」で終わってしまいましたが、
それもまた作品世界を味わう上での
楽しみの一つです。
今年は横溝正史生誕120年。
横溝の世界を十分に味わいましょう。

〔本書併録作品〕

〔「死仮面」のもう一つの表紙〕
角川文庫「死仮面」は、昭和57年に
当時のカドカワノベルズ
(新書版サイズ)から
刊行されましたが、その表紙も
杉本一文画伯の装丁画です。
やはり素敵です。

「死仮面」カドカワノベルズ

期待を打ちひしぐ、残念な出版姿勢

素敵な作品なのですが、
復刻版を購入し、
夢は無残に打ち砕かれました。
本作品は1982年に
カドカワノベルズから出版、
その2年後に
旧角川文庫から刊行されています。
そのとき、全8回の原稿のうち、
途中1回分が未発見であり、
それを中島河太郎が補筆して
取り繕ったという経緯があります。
いつ発見されるか
わからない状況下であり、
懸命な判断だったと思います。

解説には
その経緯についても触れられていて、
「他日、この分が発見されたら
当然さし替えねばならない」とまで
書かれてあります。
当時高校生だった私は、
その消失分の原稿が発見され、
完全版「死仮面」の出版される日を
心待ちにしていました。

ところが、
原稿が発見されたにもかかわらず、
完全版は1998年、
角川文庫からではなく、
春陽堂文庫から出版されました。
当時はネットが普及しておらず
出版情報に乏しく、
また地方の書店では
春陽堂文庫を扱う書店などなく、
知らぬ間に出版され、
存在に気づいたときには
既に絶版という状況でした。

だからこそ、
横溝正史没後40年&生誕120年記念と
銘打った角川文庫の復刊企画を
楽しみにしていました。
ようやく完全版に巡り会える!
しかしその期待は、
無残にも打ち砕かれました。

横溝の原稿ではなく、
中島の補筆をそのまま掲載する愚挙。
解説もそのまま掲載されているため、
「他日、この分が発見されたら
当然さし替えねばならない」という
文言が、むなしく踊っています。

しかも角川文庫は、1996年の段階で
差別語の「修正」を行っていて、
今回はそれを踏襲しているとの
但し書きが見られます。
つまり、角川文庫「死仮面」は
知らぬ間に「より不完全な形」へと
改悪されていたのです。

「完全版」を望んでいたのに、
蓋を開けてみれば「より不完全版」。
これほど消費者を愚弄する話は
ありません。
「完全版」でないなら
そのように告知するのが筋でしょう。

本の帯には「鎮魂、復刊!」の文字が
掲載されていますが、これでは
横溝の魂も鎮まらないでしょう。
「残念、復刊!」と書き改めるべきです。

横溝正史生誕120年ということで、
柏書房をはじめとする出版社から
記念企画がいくつも
出されているのですが、
本家本元の角川文庫の企画だけが
「残念」でなりません。
かくなる上は、春陽堂文庫完全版の
復刊を期待するだけです。

※「横溝正史ミステリ短編コレクション」
 「由利・三津木探偵小説集成」
 「横溝正史少年小説コレクション」
 「横溝正史エッセイコレクション」に
 続く第5弾として、
 柏書房から「金田一耕助作品全集」が
 出版されないでしょうか、
 あるいは「完本人形佐七捕物帖」の
 春陽堂書店からでもいいのですが。

(2022.6.10)

〔関連記事:金田一耕助の事件簿〕

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