「烏物語」(鈴木三重吉)

作者の思いが包み隠すようにしてしまわれている

「烏物語」(鈴木三重吉)
(「千鳥 他四篇」)岩波文庫

「千鳥 他四篇」岩波文庫

小さい自分は、
何の譯も知らなかつたゆゑ、
仄白い水に臨んだ、
生絲を取る古里に、
母の伯母の家を
自分の家のつもりでゐた。
それは、五六本の榎の大木が、
門の内を
古い代の色に薄暗くした、
大きな構への家であつた。
これを自分の…。

鈴木三重吉といえば、
雑誌「赤い鳥」に掲載された
童話が有名ですが、何も最初から
童話を書いていたわけではありません。
本作は三重吉の第四作にあたります。
童話ではないものの、
子どもである「小さい自分」が
主人公であり、
子どもの目線で描かれた、
童話のような作品です。

〔主要登場人物〕
「自分」(綱さん)
…七つ。身体が弱く、
 よく効く灸を据えるため、
 「向ひの町」へ母に連れられていく。
「母」
…「自分」の母親。訳あって
 伯母の家に身を寄せている。
 この翌年、病没。
「をばさん」
…親類。「自分」を預かる。

筋書きは簡単なものです。
身体の弱い「自分」を心配し、
灸を据えるために「水の向ひの町」
(おそらくは湾か湖の対岸の町)に
船で渡った。
あいにく灸者が不在のため、
「自分」をその町の「をばさん」に預け、
「母」は一度帰宅した。
二晩過ごしたが、母恋しさが募り、
帰りの船に乗ろうとしていた
小間物屋の女に
声をかけられたのを機に、
一緒に家に帰ってきた。という、
特別な展開もない、
思い出話を綴ったような作品です。
表題となっている「烏物語」は、
その帰途の船中で女から聞いた、
昔話のことです。

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一読しただけでは、作者・三重吉が
いったい何を伝えたいのか、
よくわかりません。
鍵は「烏物語」にあるのでしょう。
女が「自分」に聞かせた「烏」の民話は
次のようなものです。

昔、蔭様(民に蚕の飼育を教えた女神)に
男女二羽の白い烏が仕えていた。
日々、谷間に飛び、
それぞれ桑の葉を咥えてくる。
蔭様はそれで蚕を育て、絹を織った。
ところがあるときから
二羽は一緒に飛び立ち、
二人で話ばかりしていて
桑の葉を持ってこなくなった。
怒った蔭様は、
一羽を遠い暗い国へと放逐し、
もう一羽を山に閉じ込めた。
放逐された方は男であり、
閉じ込められた方は女である。
女の烏は、悲しみのために
羽根が黒くなってしまった。

おそらくはこの民話の女の烏が、
「自分」の母親の境遇の暗喩として
働いているものと考えられます。
「母」がなぜ一人で
伯母の家に身を寄せているのか、
そして「自分」の父親は
どうなっているのか、作品中では
一切明らかにされていません。

しかし、「烏物語」が暗喩だとすれば、
「自分」の父母はかつて激しい恋に落ち、
それが許されざる立場の
二人であったため、
父親は遠国に身を引き、
「母」は伯母の家に「閉じ込められ」、
そこで「自分」を産み落としたと
推察することができます。
白かったはずの烏の身体が、
仲を引き裂かれた悲しみによって
黒く変わってしまったのと同じように、
「母」もまた悲しみが身体を
蝕んでいったと考えられるのです。

作品中には、それを暗示させるような
設定も見られます。
伯母の家での「母」の仕事は蚕室の管理。
「向ひの町」には蔭様の社がある。
「をばさん」が「自分」に買い与えた煎餅は
「烏煎餅」。
そうしたことを考え合わせると、
三重吉は自身の何らかの思いを、
暗号のように、作品中に
ちりばめたものと考えられます。

これまで当サイトで取り上げた
三重吉の作品は、
「千鳥」「赤い鳥」「ぽっぽのお手帳」
「山彦」など、
簡単に見える表面の奥底に、
作者の思いが包み隠すようにして
しまわれているものが多いのです。
本作品もそうしたものの一つでしょう。

本作品もまた、
時間をおいての再読を必要とする
作品のように思われます。
もう少し年を重ねたあとに読んだとき、
本作品がどのような表情を見せるのか、
楽しみにしたいと思います。

〔関連記事:鈴木三重吉作品〕

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