「お末の死」(有島武郎)

貧困ゆえ母子の愛も歪んでしまう

「お末の死」(有島武郎)
(「カインの末裔」)角川文庫

十四歳の娘・お末の家では、
父、そして二番目の兄と、
相次いで二人の葬式を出した。
そして今度は
お末の注意不足から、
姉の子と弟が
赤痢で死んでしまう。
母と姉から責められたお末は、
ある日、
毒薬の入った小瓶を持って
家を出る…。

有島武郎
小さい者に対して
限りない愛情を注ぐ作家、
そうとらえていました。
「小さき者へ」「一房の葡萄」
ともに素晴らしい作品であり、
子どもたちにも薦めたい短編小説です。
しかしながら、本書・短編集
「カインの末裔」に収められた七篇は、
どれも有島武郎の荒々しい部分が
前面に押し出されている作品であり、
驚きました。
中でも本作品は、
何ともやりきれない思いを
抱いてしまいます。

そもそも姉の子と弟が死んだのは、
お末の責任ではありません。
弟が得意げに持ってきた胡瓜を、
赤痢を疑って
食べさせないようにすることを
十四歳の女の子に要求しても
無理なのです。
しかも実の母親から投げつけられる
何とも無慈悲な言葉。
「生きて居ればいい力三は死んで、
 くたばっても大事ない手前べ
 のさばりくさる。
 手前に用はねえ出てうせべし」

現代では完全な児童虐待、
児童相談所の職員の
出動となるでしょう。

しかし舞台は
明治時代の札幌の貧民窟です。
母親や姉を非情の人にしたのは
「貧困」なのです。
貧困ゆえ、十四歳の娘が
育児の全責任を負わされる。
貧困ゆえ、男の子は期待されるが
女の子は穀潰しと見なされる。
貧困ゆえ、母子の愛、姉妹の愛も霞んで、
そして歪んでしまう。
それが「貧困」のもたらす現実です。

さて、このお末には
モデルがあるのだそうです。
有島武郎が教鞭をとっていた
遠友夜学校の生徒・瀬川末を描写して
創り上げたものといわれています。
彼女は「家庭の事情から
若くして働くことを余儀なくされ、
運命に翻弄されたあげく、
大正2年に自殺した少女」
(青空文庫図書カードより)
なのだそうです。
なお、遠友夜学校とは、
新渡戸稲造が札幌に設立した、
貧しい家庭の子どもたちに
無料で学びの場を提供する夜学校です。

そうです。本作品は、
有島が世間一般に向けて、
明治の社会の孕んだ矛盾点を
静かに告発した作品なのです。
その根底には、
弱者に対する有島の温かいまなざしが
確かに感じられます。
決してむなしいだけの作品では
ないのです。

さて、貧困は
明治の時代だけの話ではありません。
私たちの社会は、そして
私たちの国は、
令和となった現代においても
同様の病巣を抱えています。
有島の告発は、まだ続いているのです。

〔本書収録作品一覧〕
かんかん虫
お末の死
カインの末裔
実験室
卑怯者

親子

残念なことに本書は
かなり以前に絶版状態、
本作品を収録した書籍が
流通していない状態です。
古書を探すか、もしくは
青空文庫で読むしかありません。

【青空文庫】
「お末の死」(有島武郎)

〔関連記事:有島武郎作品〕

〔有島武郎の文庫本〕
有島武郎の本は
書店に並ぶことが少なくなりました。
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