金田一耕助の事件簿072
ようやく始まり唐突に終わる殺人事件
「日時計の中の女」(横溝正史)
(「七つの仮面」)角川文庫
あの日時計殺人事件の犯人は
ほかにある。
庭の日時計から遺体が発見された
家屋の持ち主の妻は、
過去の事件の真犯人が
自分の命を
狙っているのではないかと
金田一に打ち明ける。
その四日後、その家の中で
依頼者の妹が殺害される…。
横溝正史の金田一耕助シリーズの
短篇作品です。
昭和37年発表の作品であり、
金田一シリーズとしては
後期のものとなります。
おどろおどろしさもエロ・グロ色も
抑制され、他の作品とは
やや異なる味わいとなっています。
【事件簿File-072「日時計の中の女」】
〔事件発生〕
昭和35年9月~11月(東京)
〔依頼人〕
田代啓子
…自分が何者かに
命を狙われているのではないかという
不安を金田一に相談する。
〔捜査関係者〕
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
田代裕三
…近年急に売れ出した探偵小説作家。
古い家を購入・改装し、引っ越した。
啓子の夫。
松並可南子
…裕三のいとこ。服飾デザイナー。
堀晶子
…啓子の妹。姉夫婦の自宅購入に伴い、
同居することになる。
井出
…田代家のお手伝い。
神保晴久
…田代が購入した家の以前の所有者。
自動車事故で死亡。
神保鶴代
…晴久の妻だったが、
夫の浮気のために別居。
須藤珠子
…晴久の浮気相手。
田代邸の庭の日時計の台座の中から
遺体で発見される。
〔事件の概略〕
①昭和35年6月27日
田代邸の日時計の中から
遺体が発見される。
→昭和28年
神保晴久が愛人・珠子を殺害し、
遺体を隠蔽、自らは自殺を計る。
②昭和35年9月27日
田代啓子が金田一に捜査を依頼する。
③昭和35年10月1日
晶子が何者かに殺害される。
④昭和35年10月8日
啓子が自殺。
⑤昭和35年11月3日
裕三・可南子が金田一と会談。
本作品の「やや異なる味わい」①
ようやく始まり唐突に終わる殺人事件
短篇でありながらも、
なかなか殺人事件が始まりません。
全七章のうち、
事件が起きるのはなんと第六章。
そして解決するのが第七章冒頭部。
ようやく始まり唐突に終わる
殺人事件なのです。
横溝は本作品において、事件そのもの、
つまりトリックや謎解きなどではなく、
殺人が起こりうる背景や人間関係を
重視したものと考えられます。
第三章までは啓子の病的な様子と
啓子・可南子・裕三の関係、
そして第四章において
日時計から遺体が発見される顛末までが
描かれます。
「誰が犯人か」ではなく、
「誰が被害者となるのか」に、読み手は
ハラハラすることになるのです。
本作品の「やや異なる味わい」②
金田一が前面に出ずに進行する筋書き
それゆえに、
本作品においての金田一は限定的です。
第五章にして初めて登場、
まったくの脇役的存在なのです。
整理すると「啓子からの依頼」
「等々力警部からの事件報告」
「関係者との会談」の
三場面しかないのです。
従来からの
「探偵が活躍するミステリ」ではなく、
新しい探偵の在り方を、
横溝は本作品において
模索したのではないかと思われます。
本作品の「やや異なる味わい」③
謎を解かずに関係者と協議する金田一
関係者を一堂に集め、
自らの推理を披露して犯人を指摘する、
もしくは等々力警部をはじめとする
捜査主任に自らの見立てを打ち明ける、
それが金田一の謎解き場面の
基本形です。
本作品の金田一は
完全な謎解きを行っていません
(というかできていません)。
金田一が自分の足で見つけた事実は、
啓子から預かった「腕輪」の出所を
明確にしただけなのです。
そして関係者であり
事件被害者の遺族である
裕三・可南子の二人と
真相を協議するという、
これまでにない方法で
事件を総括します。
1960年代に入り、ミステリは
新しい時代を迎えることになりました。
松本清張をはじめとする
社会派推理小説の台頭です。
戦前から戦後にかけて活躍した
横溝の作風は、この時代には
読者に対する吸引力を
失いつつあったのです。
横溝自身もそれを意識し、
新しい作風を試行錯誤した
結果なのだと考えられます。
その試みは成功せず、
横溝の執筆量はこのあたりから
次第に少なくなりました。
しかし横溝作品は70年代において
再び注目され、中絶していた
「仮面舞踏会」を改稿・長篇化し
完結させるとともに、
「病院坂の首縊りの家」「悪霊島」と、
長篇作品を相次いで完成させます。
横溝の過渡期の作品であり、決して
忘れ去られていい存在ではありません。
ぜひご一読ください。
(2024.3.29)
〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!
ぜひチャンネル登録をお願いいたします!
(2024.4.10)
〔角川文庫「七つの仮面」〕
七つの仮面
猫館
雌蛭
日時計の中の女
猟奇の始末書
蝙蝠男
薔薇の別荘
〔金田一耕助シリーズ〕
【今日のさらにお薦め3作品】
【こんな本はいかがですか】