「天使」(安部公房)

わからないことこそが安部公房作品の味わいどころ

「天使」(安部公房)
(「題未定 安部公房初期短編集」)
 新潮文庫

「題未定 安部公房初期短編集」

無限を意味する灰色の六つの、
いや五つ半の面と、
半分の未来とに
世界は仕切られている。
お解りだろうか。
実の所を言えば、私も始めこれは
唯の部屋だと思っていた。
所があにはからんやである。
これが
宇宙そのものだったのだ…。

3月28日に刊行された
安部公房の新刊文庫本
「題未定 安部公房初期短編集」を
読みました。
収録作品のいくつかは
「安部公房全集第1巻」で
読んでいたのですが、
この全集に収録されなかった本作品
「天使」を読みたかったのです。

読んでみたのですが、
安部公房初期作品特有の
難解さに満ちていて、
何が書かれてあるのか
さっぱりわかりませんでした。
巻末の解題を読んである程度納得。
「主人公は精神病院から逃げだした
 狂人で、妄想の中でこの世は天国、
 人間はすべて天使と思いこんでいる」

のだとか。
それでもわからないことには
変わりありません。
わからないことこそが
本作品の味わいどころ、
いや安部公房作品の
味わいどころとすべきです。

本作品の味わいどころ①
「二」「私」の手折った花は何を意味する?

本作品は四つの部分に分かれています。
「一」は狂人である「私」が
精神病院から逃げ出した場面が描かれ、
「斯うして私の天使国歴訪、
 と言うよりは天使としての
 旅が始まった訳なのである。」

結ばれているのです。
しかし続く「二」「三」「四」は、
狂人が外界で巡り会ったものを
描いていると思われるのですが、
それが判然としません。

「二」は、
「私」の行く手を遮っている「垣」にあった
「深紅の花」を手折る場面が
描かれています。
疑問噴出です。
「深紅の花」は実際の花なのか、
それとも何かの暗喩なのか?
「花は唯冷いばかり」であり、
香りもないところを見ると、
実際の花ではなさそうですが、
だとすれば何を表しているのか?
「私」はそれを
「不吉の花」と表現しているが、
それは何のメタファーなのか?
その花を胸に挿して歩く「私」を、
すれ違う人々(「私」から見ると「天使」)は
「極度の驚愕」を現しているのですから、
ちょっとやそっとのものでないことは
確かです。
自らを「天使」と認識している
「私」の体感している世界から
現実を推察することこそ、
本作品の第一の
味わいどころといえるのです。

本作品の味わいどころ②
「三」小天使との出会いは何を意味する?

「三」で「私」は
「松の切株に腰を下ろして」いる
「小天使」と出会うのです。
おそらくは公園のベンチにでも
腰掛けている少年と思われるのですが、
当然のこととして
彼は驚いて逃げ出してしまいます。
ここでも「?」が飛び交います。
少年が落とした「紙と鉛筆」は
そのものだったのか、
あるいは何かの暗示なのか?
「紙の上なんかに
物を想像したりするのは
恥ず可きなんだ」という
「私」の台詞が続きます。
小説家の創作活動そのものを
否定しているのでしょうか?
それとも別の意味が
潜んでいるのでしょうか?
さらには少年が叫んだ
「お父さん」の言葉。
実際に少年がそう話したのか、
それとも「私」の耳に
そう聞こえただけなのか?
「私」の見たもの話したものに隠された
作者安部の真意を読み解くことこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ③
「四」聞こえてきた歌声は何を意味する?

文庫本にしてわずか1頁半の「四」。
どこかの家の窓辺から漏れ聞こえてくる
「ピアノに合わせた歌声」に惹かれる
「私」の姿が描かれています。
「二」「三」が、
霧にかすんだ曖昧模糊とした
世界となっているのに対し、
「四」はその霧が晴れたかのような
明晰な風景として表現されています。
ここでもやはりその「歌声」は
何を表しているのかという
疑問が生じるのですが、
それ以上に気になるのは「本作品は
完結しているのか」という点です。
「誘われる様になって
 私は垣ぞいに歌の聞えて来る
 その窓辺に近付いて行った」

締めくくられるのですが、
そこからまだまだ
何かが始まりそうです。
果たして安部はここで筋書きを
完了させたのか、それとも
「その先の物語」が書かれる
予定だったのではないか?
書かれたとすれば
どのような展開が待ち構えていたのか?
私たちの思考のはるか先を行く安部の、
さらにその先を想像すること
(到底無理とわかっていながら)こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなるのです。

「安部公房全集」全30巻が完結した後の
2012年、実弟の井村春光氏宅で
発見された本作品は、したがって
全集には収録されていません。
1946年11月、満州からの引揚げ時、
コレラ患者の影響で
1か月の船中生活を余儀なくされた、
引揚げ船の中で
寄稿されたと考えられている本作品、
安部自身も書いたことを
忘れていた可能性もあります。
「謎」に満ちた安部公房の作品世界が
より広がったことを、
読み手である私たちは
喜ぶべきでしょう。
わからないことはわからないこととして
存分に味わうことこそ
読書の愉しみといえるはずです。

(2024.4.15)

〔「題未定 安部公房初期短編集」〕
(霊媒の話より)題未定
老村長の死(オカチ村物語(一))
天使
第一の手紙~第四の手紙
白い蛾
悪魔ドゥベモオ
憎悪
タブー
虚妄
鴉沼
キンドル氏とねこ
 解題 加藤弘一
 解説 ヤマザキマリ

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