「マッキントッシュ」(モーム)

モームらしい衝撃度大の結末が

「マッキントッシュ」
(モーム/河野一郎訳)
(「百年文庫047 群」)ポプラ社

彼はほんのしばらくの間、
海に入って水遊びをした。
泳ぐには浅すぎたが、
サメが恐ろしいので、
背の立たない深いところへは
ゆけなかった。
海から上がると、
シャワーを浴びに
脱衣所へ入った。
ぺたぺたする太平洋の
塩水に濡れた…。

粗筋を載せるべきところなのですが、
冒頭の一節を抜き書きしました。
その理由は、この描写が
衝撃的なラストシーンを
暗示しているからです。
サマセット・モーム
あまり知られていない短篇作品ですが、
展開の衝撃度は抜群です。

〔主要登場人物〕
マッキントッシュ

…サモア諸島タルア島行政官助手。
ウォーカー
…タルア島行政官。六十歳。
 島の支配者的存在。
マヌマ
…島の族長の息子。
 文明人的な身なりをしている。
 マッキントッシュ所有のピストルを
 盗み去る。
タンガトゥ
…島の族長の一人。マヌマの父。
ジャーヴィス
…貿易商の男。マッキントッシュを
 娘の婿にしようと考えている。
テレサ…ジャーヴィスの娘。

本作品の味わいどころ①
行政官ウォーカーの人物像

まず味わうべきは
行政官ウォーカーの人物そのものです。
善人のようでいて悪人、
悪人のようにみえて善人です。
捉えどころがないわけではなく、
むしろわかりやすい人物として
描かれています。
書かれてあるものを
拾い上げていきます。
「背の低い小男」「ひどく肥っていた」
「禿げ上がっていた」「グロテスク」
「ディケンズの小説に出てくる
ピックウィックそっくりの男」と、
散々な書かれようです。
しかも「紙とペンでやる仕事を
いっさい毛嫌いしている」ような
「無学」な人間であり、
「言葉を控えるということを知らない」
「下品」な性格でもあり、
つまりは「変わり者」なのです。
そのような人間が植民地の島を
支配者然として牛耳っているのです。
後半部に描かれる、
賃上げを要求する島民たちを
狡猾な方法で詐取するくだりは、
さながら「悪徳役人」そのものです。

それでいて、彼は金儲けをしようとは
考えていないのです。
私腹は一切肥やしていません。
民衆を押さえつけるのに
武力や警察権力を使ってもいません。
それどころか政務については
「公正で誠実」ですらあるのです。
そして「いきいきとして、
顔には決断力が溢れて」いるくらい
情熱的なのです。
手段はともかくとして彼は
「先住民たちを自分の子どものように
考えている」のです。
このわかりやすいながらも
評価の難しい人物
ウォーカーの人物像を、
まずは丹念に味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
現代的人物マッキントッシュの苦悩

そのウォーカーに対して
マッキントッシュはまったく
正反対の人物として描かれています。
「痩せて長身」という風貌、
ギボン「ローマ帝国衰亡史」や
バートン「憂鬱の解剖」を
取り寄せるほどの教養豊かな「読書家」、
「几帳面」な性格であり、
書類作成や管理等の実務力は
確かなものを持っています。
また都会的な人間であり、
夜の「蚊」を極端に恐れている様子も
描かれています。

したがって、マッキントッシュは
上司であるウォーカーを軽蔑し、
憎悪すらしているのです。
しかしその気持ちを晴らす手段を
何一つ持たないため、
彼は苦悩するのです。

筋書きの中心はウォーカーと
マッキントッシュの二人です(あとは
マヌマがそれに絡んでくる程度)。
そしてその人物像は何かの暗喩であると
考えるべきでしょう。
ウォーカーと対照的な主人公
マッキントッシュの苦悩を、
次にしっかりと味わいたいものです。

本作品の味わいどころ③
モームらしい衝撃度大の結末

最後にモームらしい衝撃度大の結末が
待ち構えています。
詳しくはぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
簡単に言えば、ウォーカーのやり方は
失敗するのですが、同時に
マッキントッシュの考え方も
破綻をきたすのです。
植民地の人々に対する、
異なった二通りのアプローチは、
そのどちらも崩壊していくという
ことなのでしょう。
冒頭の描写が暗示する、
衝撃的なマッキントッシュの運命を、
思う存分噛みしめるべきでしょう。

本作品の発表は1920年。
第一次世界大戦終結直後であり、
まだまだ植民地拡大の機運が
世界を覆っていた時期と重なります。
植民地政策の
非人間性を指摘するとともに、
その破綻を予見していたかのような
逸品です。
ぜひご賞味ください。

(2024.4.23)

〔百年文庫047 群〕
象を射つ オーウェル
日本三文オペラ 武田麟太郎
マッキントッシュ モーム

「百年文庫047 群」

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