「劉廣福」(八木義徳)

劉廣福のサクセス・ストーリーを味わいましょう

「劉廣福」(八木義徳)
(「私のソーニャ/風祭」)講談社文芸文庫
(「百年文庫048 波」)ポプラ社

実をいうと
私は最初からこの男には
特別の注意を
払っていたのであった。
常人の確実に
二倍はあろうかと思われる
その並はずれて巨大な体躯が
まず私の眼を驚かせた。そして
その巨大な体躯の上に載った
これまた途方もなく無邪気な…。

粗筋代わりに抜き書きした一節は、
本作品の主人公・劉廣福の
外見の特色を表している部分です。
以下のような文言が次に続きます。
「童顔」「まん丸な輪郭」
「糸のような細い眼」「大きな団子鼻」
「分厚い唇」、そうした
「漫画的」な容貌をしているのです。
味わいどころはもちろん、この
劉廣福のサクセス・ストーリーです。

〔主要登場人物〕
「私」

…語り手。奉天の工場の庶務・人事を
 担当している。劉廣福を採用する。
劉廣福(リュウカンフウ)
…体格は良いが吃音の青年。
 「私」に採用される。
那娜(ナーナ)…劉の許嫁。
趙玉成…古参の不良工員。

劉廣福サクセス・ストーリー「起」
誠実に仕事に取り組む劉廣福

「私」が「何かある」と直感して
採用した男・劉廣福は、
安い賃金で不平も言わず
雑務を黙々とこなします。
自分の与えられた仕事に
自分なりの工夫改善を加え、
効率的な職場環境を
地道につくり上げていくのです。
しかもそれを
「歯を食いしばって耐え抜く」ような
重い雰囲気にはしていません。
笑顔で当たり前にこなしていくのです。
サクセス・ストーリーの
第一歩として描かれる、
劉廣福の誠実な姿を
まずはしっかり味わいましょう。

劉廣福サクセス・ストーリー「承」
めきめきと頭角を現す劉廣福

吃音で、話すことに人の数倍の
エネルギーを費やしている
劉廣福ですが、労働条件の交渉では、
粘り強く臨みます。
工場の管理者たちは彼のそうした姿勢に
いつも負けてしまい、彼は
少しずつ仲間を増やしていくのです。
サクセス・ストーリーの
二歩目として描かれる、
劉廣福が信頼を得ていく過程を
次にじっくりと味わいましょう。

劉廣福サクセス・ストーリー「転」
困難や逆境に耐え抜く劉廣福

仲間が増えれば
敵も増えるのが当然です。
彼は工場のカーバイド(工業原料)を
盗み出した容疑で逮捕されます。
ここでも彼は粘り強く
自分の無実を訴えます。
それは「私」を動かし、真犯人が
炙り出されることにつながります。
そしてそれまで以上に職場での地位を
確かなものとしていくのです。
冤罪・逮捕拘束という
最大の逆境の中でも精神的に
折れることなく耐え抜いた結果です。
サクセス・ストーリーの
転換点として描かれる、
劉廣福が迎えた逆境の中での大逆転を
噛みしめるように味わいましょう。

劉廣福サクセス・ストーリー「結」
緊急非常時に活躍する劉廣福

さらなる転機が訪れます。
新参者の不注意から工場は爆発、
火災を引き起こします。
劉は炎の中を
作業員救出へと向かうのです。
適切な処置によって
火災の拡大は阻止されますが、
彼は重傷を負います。
サクセス・ストーリーの
クライマックスとして描かれる、
劉廣福の緊急非常時での
ドラマチックな活躍を
最後に思う存分味わいましょう。

大学在学中より作品を発表していた
八木義徳は、卒業後、
満州理化学工業に就職、
現地会社設立のために満州に渡ります。
本作品はその時の経験をもとに
書かれたものであり、
当時の満州における
日本人と現地人との状況が
克明に記録されています。
八木は1944年に応召されて入隊、
戦地の中国で
本作品の芥川賞受賞の知らせを
聞いたといわれています。
現代にも通用する
エンターテインメント的要素を持った
純文学であり、読み応えがあります。
極上の逸品、いかがでしょうか。

(2024.4.30)

〔八木義徳の本はいかがですか〕
残念ながら著作の多くが絶版中ですが、
小学館の「P+D BOOKSシリーズ」から
2冊が刊行されています。

〔「百年文庫048 波」〕
俊寛 菊池寛
劉廣福 八木義徳
燈台守 シェンキェヴィチ

〔百年文庫はいかがですか〕

eko pramonoによるPixabayからの画像

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