「みずぐるま」(山本周五郎)

ありとあらゆる「感動する」成分が詰め込まれている

「みずぐるま」(山本周五郎)(「おさん」)新潮文庫

旅芸人の一座で
薙刀の曲芸をしていた娘・若尾は、
岡崎藩弘田家の養女となる。
もともと武家の娘であった若尾は、
弘田家での生活になじみ、
義兄・和次郎に思いを寄せる。
やがて若尾は薙刀指南役として
江戸屋敷へと召し出されるが…。

短編でありながら、
エンターテインメント小説としての
要素をすべて持ち合わせたような、
山本周五郎の傑作です。
では、その要素とは?

まずは成功物語。
若尾はもともと
武家の娘として生まれながら、
不幸にして親に死に別れ、
旅芸人一座のもとで
育てられていたのです。
それが和次郎に見いだされ、
養女として引き取られ、
さらには和次郎と結ばれるのですから
めでたしめでたしです。

次に恋愛物語。
和次郎が若尾を
自分の家の養女に迎え入れたのは、
自殺した姉に代わって
母親を慰めるためでした。
和次郎の方は若尾に対して
そんな気持ちはなかったのです。
しかし、
徐々にお互いの気持ちに
気付いていく…。
しかもお互いに意識し合うのは
若尾が江戸に出向いてから。
現代でいう「長距離恋愛」なのです。
穏やかに燃え上がる、
上品な大人の恋愛物語に
仕上がっています。

続いて謎解きミステリー。
和次郎の姉の自殺には何があったのか?
名探偵和次郎が、
最後にその秘密を明かします。
犯人は和次郎の友人であり、
江戸へ赴いた若尾に
ちょっかいを出しつづけた悪い奴。
最後は和次郎が懲らしめますから、
勧善懲悪時代劇の味付けもあります。

筋書きだけではありません。
主役2人のキャラづくりも見事です。

ヒロイン若尾は
元気印のはつらつとした美少女であり、
ページの向こうに
その笑顔が見えるような
錯覚を覚えるほどです。
欠点は多々あるものの、
誰からも愛される
NHK朝の連続テレビドラマ的
キャラクターです。

一方の和次郎も負けてはいません。
若いにもかかわらず
一本筋の通った男気ある若侍。
懐広く、冷静沈着。
若尾を温かく見守りつつも
優しく包み込む。
女性から見れば愛しい王子さま、
男性から見れば頼れる上司、
そんなスーパー男子です。

ツボを押さえた、
と表現すればいいのでしょうか。
ありとあらゆる「感動する」成分が
詰め込まれているのです。
これが大衆文学の強みです。
純文学はもちろん素晴らしいのですが、
山本周五郎の世界もまた格別です。

(2018.12.4)

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