「卵の緒」(瀬尾まいこ)

圧倒的なセリフの力で強引に読み手をねじ伏せる

「卵の緒」(瀬尾まいこ)
(「卵の緒」)新潮文庫

小学生の「僕」は
自分が捨て子かもしれないと
思い続ける。
父親のこともわからず、
「へその緒」もうまく
ごまかされてしまったからだ。
一方、「母さん」は
職場の同僚・朝井さんの話を
繰り返し「僕」に聞かせる。
どうやら気があるらしい…。

本作品を読むと、
ついつい涙があふれてしまいます。
瀬尾まいこの「卵の緒」です。
主人公「僕」の純真な姿、
その母親の若く明るく愛情に満ちた姿、
そして終末の圧倒的な台詞の力。
これらが涙腺に
強く作用してしまうのです。
そしてそれらがそのまま本作品の
味わいどころとなっているのです。

〔主要登場人物〕
「僕」(鈴江育生)

…小学生。優しい性格。
 自分の生い立ちについて関心を持つ。
 ※本作品は「僕」が
  小学校四~六年生の間の物語。
「母さん」(鈴江君子)
…「僕」の母親。
 シングルマザーとして「僕」を育てる。
 同僚の朝井に好意を寄せる。
朝井秀祐
…「母さん」の三つ年上の同僚。
池内
…「僕」の同級生。五年生の
 夏休み明けから不登校となる。
青田先生
…「僕」の小学校四年生の時の担任。

本作品の味わいどころ①
悩みすぎない純真な「僕」

主人公「僕」がいい味を出しています。
自分が母親と
血がつながっていないとなると、
現実でもドラマでも
大概は大騒ぎします。
多感な時期であれば
精神的な成長に大きな陰りを
落とすことだってあるでしょう。
しかし本作品はそうはなりません。
淡々と進行していくのです。
「僕」は決して悩みすぎません。
「僕」は決して疑い深くなりません。
「僕」は決して心が折れたりもしません。
自分の出生に関わる事実も、
母親の再婚も、
新しい父親として朝井が加わることも、
血のつながらない妹ができることも、
淡々と受け入れていくのです。
だからこそ、読み手は落ち着いて
親子の在り方について
思いを巡らせることができるのです。
この、
悩みすぎない純真な「僕」の姿こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
底抜けに明るい「母さん」

そういう「僕」の姿が生きているのは、
「母さん」の描かれ方がまぶしすぎるほど
明るいことからきています。
作者がそのように
性格設定したといってしまえば
それまでですが、
彼女は息子「僕」と
血がつながっていないことに対して
何の後ろめたさもなかった、むしろ
自信を持っていたからなのでしょう。
その理由は終末に明かされます。

新しい恋人ができたことを
息子に打ち明ける場面も素敵です。
もじもじせず、
いいにくそうにしているのでもなく、
当然のことが当然起こったかのように
自然体で息子に話していくのです。
小学生の母親とはいえ、
この「母さん」は
まだ27,8歳でしょうから、
さっぱりした性格もうなずけます。
軽すぎるのでは?と思う方も
いらっしゃるかもしれません。
しかし、だからこそ、
読み手は静かな気持ちで
家族の在り方について
思いを広げることができるのです。
この、
底抜けに明るい「母さん」の姿こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
暗くならない「出生物語」

悩みすぎない純真な「僕」と
底抜けに明るい「母さん」の
紡ぎ出す物語ですが、だからといって
軽めのドラマになってはいません。
物語前半では軽妙な台詞が
次から次へと現れるのですが、
終末はじっくりと語られていきます。
その台詞の圧倒的な力の前に、
読み手の涙腺は
涙を抑えることができなくなるのです。
「長い話になったけど、
 結論は母さんと郁生は
 血が繋がっていないと言うこと。
 そして、母さんは
 誰よりあなたを好きだってこと」

「想像して、
 たった十八の女の子が
 一目見た他人の子どもが欲しくて
 大学辞めて、
 死ぬとわかっている男の人と
 結婚するのよ。
 そういう無謀なことができるのは
 尋常じゃなく愛しているからよ。
 あなたをね。
 これからもこの気持ちは
 変わらないわ」

「そんなのあるわけないだろう」と、
そう思っていても泣けてきます。
設定にはやや無理があるものの、
本作品は圧倒的な台詞の力で
強引に読み手をねじ伏せる
不思議な力を持っているのです。
その結果、「出生物語」は
暗くもならず重くもならず、
それでいて重厚な感動を
生み出すことに成功しているのです。
この、最後に語られる、
爽快な感動を伴った「出生物語」こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

「あとがき」を読むと、
作者もまた父親を持たない家庭で
育ったとのこと。
だからなのでしょう、
作者の求める家族のあり方が
現れているのだと思います。
親子って何だろう。
家族って何だろう。
血の繋がりって何だろう。
それらを考えることこそ、本作品の
真の味わいどころなのでしょう。
ぜひご賞味ください。

(2018.12.6)

〔本書併録作品〕
「7’s blood」

「7’s blood」

高校三年生の「私」は、
小学生の母違いの弟・七生と
二人きりの生活を
送ることになる。
父親はすでに他界し、
七生の母親は事件を起こして
警察に拘留され、
一方の「私」の母は
入院してしまったからだ。
ギクシャクしながらも
姉弟二人は…。

〔関連記事:瀬尾まいこの作品〕
「あと少し、もう少し」
「図書館の神様」
「幸福な食卓」
「雲行き」
「僕の明日を照らして」
「そして、バトンは渡された」

「そして、バトンは渡された」

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Willfried WendeによるPixabayからの画像

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