「けむりを吐かぬ煙突」(夢野久作)

問題はどちらがより「黒い」かということ

「けむりを吐かぬ煙突」(夢野久作)
(「百年文庫032 黒」)ポプラ社

「私」は原稿を書き上げ次第、
雑誌社に送るつもりである。
そしてその後に
姿をくらます算段をする。
その原稿には、
事件の真相を
書いておいたからである。
「私」が南堂伯爵夫人を
殺害した一件の真相を、
簡単には気づかれないように…。

さすが夢野久作
ホラーとミステリーが融合したような、
奇妙なおどろおどろしさがあります。
登場人物はたった二人。
二人が二人とも悪人です。

まず「私」。
ジャーナリストの立場を利用し、
著名人の醜聞を調べ上げ、
それをもとに
強請を行っている人物です。
自分の所属する
大新聞社の仕事とは別に、
4頁新聞を週刊で発行、
スキャンダル記事を載せたその新聞の
全部数を買い取らせるという手法です。

その「私」の次なる標的が
南堂伯爵夫人であり、
彼女こそもう一人の悪人です。
では彼女の罪は?
ミステリーの要素を含む作品ですので、
ネタバレは極力避けましょう。
彼女の犯罪のおぞましさを
ぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。

問題はどちらが
より「黒い」かということなのです。
読み始め時点では、
「私」が狡猾な加害者であり、
夫人は被害者でした。ところが
途中からこの関係が逆転します。

夫人ははじめから「私」に目を付け、
自身の命を終えさせるために
「私」を招き入れていたのです。
強請るつもりが
婦人の手のひらで踊らされていた「私」。
「私は見る見る血の気を喪て行く
 自分自身を自覚した。
 タマラナイ興奮と、
 恐怖のために
 全身ビッショリと生汗を流しながら、
 身動き一つ出来ずにいた。」

「話にしか聞いた事のない
 恐ろしい変態殺人鬼が、
 現在タッタ今、
 眼の前に居ることを
 ヤット意識し初めて…
 その殺人鬼に誘惑されながら、
 ドウする事も出来なくなっている
 自分自身を発見して…。」

一切を終えた「私」の心境が、
冒頭部分に綴られています。
「私はこれから後も
 この意味で世間へ
 挑戦してやろうと考えている。
 この事件を記録した一冊のノートと
 六千円を資本にして…。
 身におぼえのある堕落資本家諸氏よ。
 警戒するがいい…。」

自分以上に黒い
南堂伯爵夫人を肥やしにして
さらに「黒」くなった「私」。
戦慄を禁じ得ません。

非現実世界を堪能するのも
読書の世界ならではです。
こうした「黒」を描いた
作品があることによって、
「美」の世界も際立つのですから。

(2018.12.15)

【青空文庫】
「けむりを吐かぬ煙突」(夢野久作)

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