「キッドナップ・ツアー」(角田光代)②

数少ないお父さんの冒険小説

「キッドナップ・ツアー」(角田光代)新潮文庫

前回、本書を
100%の児童文学と紹介しました。
現代作家の「児童文学」について
これまで何回か、
「おじさんが読むべき小説ではないが」と
断り書きを入れたこともあります。
しかし本書は
「おじさんも読むべき児童文学」と
あえて言いたいと思います。

それは大人の立場から読んでも
胸が弾む小説だからです。
お父さんがいい。というか…、
かっこわるい。
かっこわるすぎなのです。

娘を誘拐するために乗り付けた車は
知人から借りたもの。
最初のうちは旅館に宿泊するも、
お金がなくなると
寺へ宿坊を申し込む。
スーパーで手当たり次第
カートに詰め込んだはいいが、
お金が足りずレジで品物を返却する。
泊まるところがないので
キャンプ場に捨てられていた
テントを使って野宿する。
壊れた自転車を使って移動する。
汚い身なりのまま
友人にお金を借りに行く。…。

かっこわるいし、
要領よくないし、
スマートじゃないし、
いけてないし、…
でも、ものすごくあたたかい。
かっこわるいことが
しっかり出来ることは
なんてかっこいいのだろう。
このお父さんより
年上になってしまったオジさんには、
このお父さんがまぶしく見えます。

それは
小説の女の子にとっても同じこと。
旅を終えて分かれる場面の描写です。
「薄汚れたTシャツ姿の、
 日に焼けた、
 目尻の下がった男の人は、
 不思議とぴかりと光って見えた。
 まるで金色のカプセルに
 包まれているように。
 駅の明かりのせいじゃない、
 キヨスクの明かりのせいじゃない。
 おかあさんが
 はじめておとうさんを見たとき、
 きっと、おとうさんは
 こんなふうに見えたんだろう。
 たくさん人がいる中で、
 一人だけ、特別にぴかりと光って。」

ラストシーンまで読むと、
お父さんの何とも切ない心の内が
伝わってきてしまって
どうしようもなくなります。

そうだ、そうだったのだ。
かっこうなんて
気にしている場合でなかったのか。
このお父さんは多分、
このあと娘と二度と会えないことを
覚悟していたのではないか。
だからこその真剣勝負そのもの。
これが冒険でなくてなんなのか。
これはお父さんの、
一世一代の大冒険小説だったです。

中学校1年生の女の子と、
中学校1年生の娘を持つお父さんに
薦めたい一冊です。

(2018.12.30)

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