「風見鶏の下で」(横溝正史)

いくつかの顔を持っているのです

「風見鶏の下で」(横溝正史)
 (「誘蛾燈」)角川文庫

藤川に囲われている鈴代は、
一件の妾宅に住むことになった。
その家は
不思議なつくりになっていて、
奥の押し入れに
なぜか窓が付いていた。
しかもその押し入れの壁一面に、
「蘭子」と「ジュアン」という
名前が落書きされていた…。

藤川は家庭を持つ身であり、
妾宅においそれと
泊まることはできない。
所詮一緒になれるわけではない。
若い鈴代は淋しくてたまらない。
奇妙なことに、
押し入れには前の持ち主が
人をかくまった形跡が見られる。
家の周囲には
怪しい混血児がうろついている。
何かが起きそうな
予感だらけなのです。
もちろん「事件」は起きるのですが、
ミステリーとしての「事件」とは
趣が異なります。
本作品はミステリーのようでもあり、
ホラーのようでもあり、
ラブロマンスのようでもあるという、
いくつかの顔を持っているのです。

本作品の顔①ミステリー
2件の殺人事件が起きます。
したがってミステリーなのです。
でも、その2件とも
過去形で語られるのみで、
その描写も一切省略され、
謎解きもなく、
ミステリーとは言いがたいのです。

本作品の顔②ホラー
不思議な構造の押し入れに、
かつて誰か(男)が
かくまわれていることを、
鈴代も藤川も認識します。
さらに妾宅付近を
つきまとっている混血の男が
いることも二人は把握します。
怪しい、
かつ妖しいことこの上なく、
ホラー的作品かと思うのですが、
超常現状は一切起きず、
ホラーとは言いがたいのです。

本作品の顔③ラブロマンス
その怪しい混血の男は、
押し入れに名を記された
ジュアンその人であることを、
鈴代は確かめます。
ジュアンと蘭子の関係、
そしてジュアンと鈴代の関係は
ラブロマンスを予感させますが、
本当の意味での愛情関係は示されず、
ラブロマンスとは言いがたいのです。

というわけで、
ミステリーのようであり、
ホラーのようであり、
ラブロマンスのようであり、
その実、
そのいずれでもないという
捉えどころのない作品なのです。

それでいて、
若くして本当の恋を知らぬまま
妾となった鈴代の、
幸せに見えて限りなく不幸な境遇と、
若さ故の好奇心とそれが
招いてしまうやるせない結末が、
読み手の心に鋭く引っかり、
抜くに抜けなくなる
作品でもあるのです。

やはり初期横溝作品は面白い。
もう一度横溝の世界に
浸ってみませんか。

(2018.12.23)

pixel2013によるPixabayからの画像

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