「鬼火」(横溝正史)

味わいどころは、このおどろおどろしさ

「鬼火」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
  短篇コレクション②」)柏書房

「横溝正史ミステリ短篇コレクション」

「鬼火」(横溝正史)
(「蔵の中・鬼火」)角川文庫

「蔵の中・鬼火」角川文庫

従兄弟どうしである
万造と代助の二人は、
幼い頃から互いに激しい
敵愾心を持っていた。
それぞれ画家となった二人は
一人の女・お銀を取り合う。
代助を陥れ、
お銀を奪った万造は、しかし、
汽車の脱線事故で
二目と見られぬ顔となる…。

横溝正史の戦前の傑作「鬼火」です。
横溝は昭和8年に喀血し、
信州諏訪において
転地療養を行っていました。
病床に伏しても創作意欲を
振り絞っていた横溝ですが、
体調のよい日でも
一日に3、4枚しか原稿が進まず、
絶望感を味わうことになります。
その横溝が昭和9年、
ついに完成させたのが本作でした。
横溝の執念が結晶化した
本作品の味わいどころは、ずばり、
以後の横溝作品の根幹をなすことになる
「おどろおどろしさ」です。

〔主要登場人物〕
「私」
…語り手。
 諏訪湖半の荒れ果てたアトリエで、
 一枚の不思議な絵を見つける。
竹雨宗匠
…諏訪湖畔に住む俳諧師。
 この地方の元警部。不思議な絵に
 まつわる因縁を「私」に語る。
漆山万造
…アトリエの持ち主の画家。
 諏訪郡の豪家の本家の一人息子。
 陰性で胆汁質。
漆山代助
…画家。万造とは従兄弟どうし。
 分家の一人息子。
 陽性で多血質で交際好き。
お銀
…代助と同棲していたモデル女。
 虚栄心が強い。自堕落で浮気っぽい。
お美代
…汁粉屋の看板娘。
 万造に唆されて書いた艶書が原因で
 代助が放校処分となる。
山崎
…ある種の運動に関係していた。
 彼が預けた荷物が原因で
 代助が当局に拘束される。
紅梅亭鶯吉
…田舎回りの浪花節語り。
 お銀をたぶらかす。

created by Rinker
¥2,860 (2024/05/17 08:26:03時点 Amazon調べ-詳細)
今日のオススメ!

本作品のおどろおどろしさ①
物語の発端となる奇怪な絵

「仄白く浮き出した女の乳房には、
 太い鉄の鎖が
 痛々しいばかりに喰い入り、
 その下肢から下腹部へかけては、
 何やら蒼黒いものが
 ぬらぬらと絡みついている。
 怪物は鋭い蹴爪をもった一本の肢で
 女の乳房を
 引き裂かんばかりに握りしめながら、
 べったりと女の腰に吸い着いている。
 肩の上にもたげた醜い鎌首からは、
 二つに裂けた舌を
 ペロペロと吐き出して、
 何事かを女の上に
 囁いているが如くである。」

…という奇怪な絵画を描いた
二人の画家の、
おぞましい物語なのです。
冒頭で「私」が発見したこの絵こそ、
恐ろしい物語のすべてをダイジェストで
語っているようなものです。

絵がこのように恐ろしいものでなくとも
筋書きは成り立ちます。
しかし、このような
「おどろおどろしい」ものに
することにより、その後の展開の印象を、
より陰惨なものとして
読み手の心に刻み込むことに
成功しているのです。
この「おどろおどろしさ」こそが
以降の横溝の作品作りの
基盤を為してくるようになるのです。

本作品のおどろおどろしさ②
物語の背景となる呪わしい登場人物

同い年の従兄弟どうしである二人は、
万造が本家の嫡男、
代助が分家の長男という、
必然的に確執の起こりやすい間柄です。
しかも両者は頭脳明晰で負けず嫌い。
否が応でも争うことになります。
幼年時代からの軋轢が丹念に描かれ、
醜怪な物語の背景を形作っています。

この、「争う家と家」という
シチュエーションもまた、
後の横溝作品に幾たびも登場する、
重要なディテールとなってくるのです。
「獄門島」における「本鬼頭と分鬼頭」、
「車井戸はなぜ軋る」
「本位田家」と「秋月家」「小野家」、
「不死蝶」の「玉造家」と「矢部家」、
「悪霊島」の「刑部家」と「越智家」、
こうした対立軸を明確に設定し、
血なまぐさい事件が起こりうる
下地を創り上げる、
横溝のセンスに脱帽です。

本作品のおどろおどろしさ③
物語の佳局となる不気味な道具

列車事故で醜悪な顔となった
万造はどうしたか?
その顔を他人に見られぬよう、
銀の仮面を被って
お銀の前に現れたのです。
これが事件を引き起こします。

この銀の仮面は、
横溝の後の傑作であり
映画化された「犬神家の一族」の佐清が
装着したマスクを彷彿とさせます。
本作品でも佐清同様、
マスクの陰に隠された素顔が
物語の鍵となります。

しかし本作品は
「探偵小説」である「犬神家の一族」とは
明らかに異なり、
「誰が」は問題になりません。
それはすでに明白になっているのです。
謎解きの要素は一切ありません。
だからこそ何度読み返しても
色褪せるどころか
ますます妖しい光を帯びて
読み手の心に迫ってくるのです。

created by Rinker
¥673 (2024/05/16 16:58:04時点 Amazon調べ-詳細)
今日のオススメ!

表題の如く日本ミステリー史上の
黎明期の傑作であるとともに、
横溝正史が病身の中で書き上げた
渾身の絶品なのです。
大人にしか味わえない逸品を
ぜひご賞味あれ。

(2019.1.6)

〔追記〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

ぜひチャンネル登録をお願いいたします!

(2023.10.3)

〔「横溝正史ミステリ短篇
  コレクション②」収録作品一覧〕

鬼火
蔵の中
かいやぐら物語
貝殻館綺譚
蠟人
面影双紙
塙侯爵一家
孔雀夫人
鬼火(オリジナル版)

〔「蔵の中・鬼火」〕
鬼火
蔵の中
かいやぐら物語
貝殻館綺譚
蠟人
面影双紙

〔角川文庫「鬼火」表紙別バージョン〕
以下は角川文庫の旧装丁です。

角川文庫「鬼火」旧装丁

「鬼火」という作品をテーマに
描かれたのはこちらです。
「蔵の中」の映画制作により
新版表紙に差し替えられました。

〔本作品を収録した本〕
「怪奇探偵小説傑作選2 横溝正史集」
 ちくま文庫

「怪奇探偵小説傑作選2 横溝正史集」

こちらは別ヴァージョンとなっていて、
文章の細部が異なります。

〔関連記事:横溝ミステリ〕

created by Rinker
¥297 (2024/05/17 10:23:13時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥297 (2024/05/17 11:16:06時点 Amazon調べ-詳細)

〔「横溝正史ミステリ
       短篇コレクション」〕

おどろおどろしい世界への入り口
image

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

created by Rinker
¥3,740 (2024/05/17 11:08:01時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥2,750 (2024/05/17 11:16:06時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA