「山月記」(中島敦)③

娯楽としての「変身物語」の可能性

「山月記」(中島敦)(「李陵・山月記」)新潮文庫

旅の途中の夜、
李徴は誰かが呼ぶ声に導かれ、
夜の闇に駆けだした。
彼は、野山を軽々と駆け抜ける
自分の変化に気付く。
そして谷川の水面に映る
自分の姿に驚愕する。
夢などではない、
そこにあるのは紛れもなく
「虎」の姿だった…。

前回、本作品の真の姿は
「人間の在り方を問う
純文学作品」なのか、
「作者の内面を主人公に投影させた
大仕掛けな私小説」なのかという
問いを立てました。
もう一つの可能性も感じています。
本作品は
エンターテインメントとしての
「変身物語」ではないのか?

本作品は単独作品としてではなく、
「狐憑」「木乃伊」「文字禍」とともに
「古譚」という表題で括られた
作品集の中の一つなのです。
本作品以外の三作品は、
すべてホラーというべきか
SFファンタジーというべきか、
エンターテインメント性の高い
作品なのです。
それらと同列に並べたとき、
本作品にも同じ傾向を
感じてしまうのです。

ちなみに三作品について
簡単に触れておきます。
「狐憑」は、
霊が憑依したように
次から次へと物語を語り始める
古代スキタイの詩人の悲劇。
「木乃伊」は、
暴いた墓の中の
木乃伊に見入ったことにより、
前世を思い出した波斯の武将の物語。
「文字禍」は、
文字に疑いを抱いた
博士のたどる悲劇的運命。
格調高い文学作品とは言いがたい、
しかし底抜けに面白い
娯楽作品なのです。

この三作品の中に入ってしまえば、
「山月記」はまさにSF変身物語としか
見えなくなってしまうのです。

中島はこのほかにも
英国作家・スティーブンスンが
書いたのではないかと
見まごうような作品「光と風と夢」や、
南洋の異文化との接触を
ユーモラスに描いた「南島譚」など、
当時の日本の文壇には珍しい、
娯楽性を前面に出した作品を
いくつか編み上げています。

「変身物語」は古今東西、
いくつも存在します。
最も有名なものは
カフカの「変身」でしょう。
日本人作家のものとしては、
安部公房の
「デンドロカカリヤ」でしょうか。
こうした「変身物語」には、
作者が意図したかどうかは別として
「なぜ異形に変化したか?」の
問いの裏に、文学的な主題が
生まれてしまうものなのです。

もしかしたら作者・中島は、
道徳的な教訓を導き出そうとも
自身の不遇な半生を描こうとも
全く思っていなかったのかも
しれません。
いや、いろいろな読み方が
できるからこその「名作」なのです。

(2019.2.21)

【青空文庫】
「山月記」(中島敦)

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