「百日紅の下にて」(横溝正史)

金田一耕助の事件簿002

終末に残る、爽やかな余韻

「百日紅の下にて」(横溝正史)
(「殺人鬼」)角川文庫

「殺人鬼」現在の表紙

焼け跡に佇む
義足の男・佐伯に近づいて来た
復員者風の小柄な男は、
かつてそこで起きた
殺人事件について、
自ら推理した真相を語り始める。
その事件は、
佐伯の妻・由美が自ら命を絶って
一年後に起きていた。
男の名は金田一耕助…。

昭和26年に書かれた
横溝正史金田一シリーズの短篇です。
金田一耕助の事件簿上では
「本陣殺人事件」「獄門島」
間に位置している(執筆順とは異なる)
隠れた逸品となっています。

【事件簿File-002「百日紅の下にて」】
〔事件発生〕
昭和21年9月(東京)
〔依頼人〕
川地謙三
…金田一の戦友。ある殺人事件の
 容疑をかけられていた。
※依頼内容は「調査」ではなく、
 事件の真相を佐伯一郎に伝えること。
〔捜査関係者〕
※警察関係者は登場せず。
〔事件関係者〕
佐伯一郎
…義足の男。百日紅の木の下で
 回想に耽っていた。
 出征前四人の男に妻の保護を依頼。
佐伯由美
…自殺した佐伯の妻。
五味謹之助
…佐伯の後輩。商社勤務。
 青酸カリを飲んで死亡。
 殺人なのか自殺なのか
 真相は不明だった。
志賀久平
…佐伯の同窓。詩人。大学講師。
鬼頭準一
…佐伯家元書生。軍需会社勤務。
復員者風の男
…川地謙三の訃報とことづけを
 佐伯に伝える。
 最後に「金田一耕助」と名乗る。

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本作品の味わいどころ①
自然に描かれている異常愛

描かれているのは少しばかり
異常な夫婦関係です。
一郎と由美の佐伯夫妻は、
十五の年齢の開きがあります。
それ自体は
別に驚くことではありません。
しかし由美は、
わずか九歳の孤児だったとき、
一郎が買い取った少女なのです。
一郎は自分好みの女性に育てながら、
初経を待って十五のときに
関係を持ったのです。
これは源氏物語における
源氏と紫の上の関係と同一です。
何とも怪しげな二人の関係が提示され、
どろどろした事件の下地が
明らかになります。

本作品の味わいどころ②
誰が犯人?誰が狙われた?

佐伯・川地・五味・志賀・鬼頭の
五人が会した中で事件は起きたのです。
毒を飲んで死亡したのは五味。
五人の飲んだグラスの一つに
毒が盛られていたのです。
ところが毒を入れることのできた人物は
佐伯のみ。
しかしそれが五味に手渡される前に、
川地が自らのものと交換、さらに
空襲警報の誤認のうちに隙ができ、
その間の動静も不確かであり、
誰が毒を盛ったのか、
そして誰が誰を殺そうとしたのか、
その一切が謎なのです。
こうした事件の特質が本作品の
読みどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ③
終末に残る、爽やかな余韻

それを遠く離れた戦地で
川地から聴き取り、真相を推理し、
関係者である佐伯に伝えたのが
金田一耕助なのです。
しかもどろどろした事件の謎を解明し、
真犯人を追及して追い詰めるような
単純な筋書きではありません。
なんとその結末は
むしろ爽やかさを感じさせるほどです。
ここに横溝の作家としての
技量の高さが感じられます。

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最後の一文が素敵です。
「蒼茫と暮れゆく
 廃墟のなかの急坂を、
 金田一耕助は雑嚢を
 ゆすぶり、ゆすぶり、
 急ぎ足に下っていった。
 瀬戸内海の一孤島、
 獄門島へ急ぐために―」

そうです。金田一は
獄門島へ向かうその途中だったのです。
金田一は戦地において、
本作品の川地謙三からの伝言とともに、
「獄門島」事件の鬼頭千万太からの遺言も
預かっていたのです。
戦場には最もふさわしくない
この小柄で痩せた男は、
戦友たちから絶大な信頼を
得ていたことが分かります。
金田一耕助の隠れた魅力を感じさせる
エピソードとなっているのです。
ぜひご一読を。

〔「殺人鬼」収録作品〕
殺人鬼
黒蘭姫
香水心中
百日紅の下にて

昭和時代:杉本一文装幀画表紙

〔一つ前の事件:「本陣殺人事件」〕
「本陣」は昭和12年の事件。
本事件は昭和21年。
戦争を挟んだため、
このような時間差がある。

〔一つ後の事件:「獄門島」〕
本事件の直後、獄門島へ渡る。

(2022.12.23)

〔追記〕
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(2023.2.1)

〔金田一耕助の事件簿〕

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