夏目漱石の長篇お薦め8冊

100年経っても色あせない魅力を味わいましょう

新潮文庫 夏目漱石8冊

吾輩は猫である。
名前はまだ無い。
どこで生れたか
頓と見当がつかぬ。
何でも薄暗いじめじめした所で
ニャーニャー泣いていた事だけは
記憶している。
吾輩はここで始めて
人間というものを見た。
然もあとで聞くと
それは書生と…。
「吾輩は猫である」

今の若い人たちは、
夏目漱石を読むのでしょうか。
いささか不安です。
それ以前に、文学作品を
まともに読んだことがない方も
多いのかも知れません。
悪いことは言いません。
夏目漱石を読むべきです。
日本人なら。
エンターテインメントとしての
読書ではなく、
自分の心にじっくり向き合うための、
大人の読書をしてみませんか。
そのための本として、
夏目漱石の長篇作品は最適です。
では、何から読むべきか。
夏目漱石のお薦め長篇作品を
8冊紹介します。


「こころ」
夏休みに由比ヶ浜へ
海水浴に来ていた「私」は、
不思議な雰囲気を纏った
「先生」と出会う。
奥様と二人で
静かに暮らす「先生」は、毎月、
雑司ヶ谷にある友達の墓に
墓参りしていた。
「先生」は「私」に何度となく
謎めいた言葉を投げかける…。

高校の国語の教科書には、
「下・先生と遺書」が
今なお掲載されています。
高校に進学すれば必ず出会う作品です。
しかし、「こころ」は
「下」だけ読めば良いものではなく、
「上」「中」を読んでから
「下」に出会うべき作品なのです。
だからこそ中学校3年生の段階で、
その作品世界を
味わうべきだと考えます。
しかし、大人になっても
まだ読んでいないあなた、
遅くはありません。
読むべきです。
夏目漱石の作品で、
(まだ読んでいない大人が)真っ先に
読むべきはこの「こころ」です。

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「虞美人草」
優秀な成績で大学を卒業した
青年・小野の心は、
二人の女性の間で揺れ動く。
一人は我儘で美しい女・藤尾。
もう一人は恩師の娘で
奥ゆかしい小夜子。
かつて小野は小夜子の父親から
学資の面倒を見てもらい、
妻に娶る約束もしていた…。

藤尾は美しくかつ自由な女性、
何にも縛られない
近代的な女性なのです。
一方、小夜子は
ひかえめでつつましやかな人柄です。
藤尾と小夜子の間で揺れ動く
小野の心は、
近代化と旧来の価値観の間で
翻弄され続けた
明治の知識人たちのそれを
表しているように思えるのです。
登場人物・宗近と小野の会話に
それが端的に
暗示されている部分があります。
「少し妙だよ」
「何が」
「君の歩行方がさ」
「二十世紀だから、ハハハハ」
「それが新式の歩行方か。
 何だか片足が新で片足が旧の様だ」

この、漱石の時代特有の、
明治の知識人たちの
苦悩を味わうことは、
現代を生き抜くことに、
つながるものが必ずあるはずです。

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「それから」
働きもせずに
親の金で生活をしている代助は、
かつての友人・平岡と再会する。
彼の妻・三千代は以前、
代助が恋心を抱いた相手だった。
生活に困窮する平岡を助けようと
奔走するうち、代助はしだいに
三千代に対する気持ちを
思い出す…。

親兄弟や財産を捨てて恋を選ぶ。
世間を敵に回しながら恋を選ぶ。
そのような小説は
他にたくさん存在します。
しかし、自らの生き方・主義主張を
すべて投げ捨て、
自分自身を望まぬ姿まで変えてまでも
一人の女性を選んだのは、
日本文学史上、
代助ただ一人ではないかと思うのです。
代助という人間の、
不器用なまでの女性の愛し方。
「それから」は、その作品世界の深奥部で
「恋」と「愛」が確かに息づいている、
超一級の恋愛小説です。
現代でこそ、読まれるべき作品です。

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「草枕」
山中の温泉宿に投宿した
画家の「余」は、
その宿の「若い奥様」・
那美と知り合う。
出戻りの彼女は、
「余」にとって
「今まで見た女のうちで
もっともうつくしい
所作をする女」であった。
「余」はその那美から
自分の画を描いて欲しいと
頼まれる…。

「山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。
 情に棹させば流される。
 意地を通せば窮屈だ。
 とかくに人の世は住みにくい。」

有名な書き出しです。
世の中が「生きにくい」と感じている。
感じているのは語り手である
「余」なのですが、それはまさしく
作者・漱石の感じていることなのです。
人間の生きる世の中なのですから、
どの時代であっても「生きにくさ」を
感じている人間はいるはずです。
でも、明治の時代に、
それを主題に小説を構築したのは
漱石だけだったと思うのです。
「生きにくさ」を感じている人間の数が、
おそらく明治の時代の
数百倍に膨れ上がっている現代にこそ、
読まれるべき作品でしょう。

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「彼岸過迄」
須永の母は遠い昔、
千代子を息子の嫁にくれるよう
田口夫妻に頼んでいた。
しかし須永は、
自分とは性格の正反対な
千代子との結婚は
考えていなかった。
ある夏、須永は田口家と一緒に
鎌倉の別荘へいく。
そこには好青年・高木がいて…。

夏目漱石の後期三部作といわれる
「彼岸過迄」「行人」「こころ」。
その出発点である本作品は、
六篇の短篇を集めて
一つの長編小説とする手法
(つまりは連作短篇集)を用いています。
漱石は執筆時、
富国強兵に走る日本の文明人として、
明治の時代の文筆家として、
大病から生還した一人の人間として、
いくつもの悩みを抱えていたのでは
ないかと思います。
それらを一つにまとめることなど
到底できないほどの
苦悩であったのだと思われます。
だからこそ、
完成された一つの長篇として
編み上げることが叶わず、
新しい文学的手法としての
「連作短篇集」という形でしか
表現のしようがなかったのではないかと
思われるのです。
6篇の作品の色合いが異なり、
それぞれに深い味わいがあります。
ぜひご賞味ください。

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「門」
同じ六年の歳月を挙げて、
互の胸を掘り出した。
彼らの命は、いつの間にか
互の底にまで喰い入った。
二人は世間から見れば
依然として二人であった。
けれども互から云えば、
道義上切り離す事のできない
一つの有機体になった。…。

「不幸な結末」は、必ずしも
二人に破綻が訪れたりする必要がなく、
「道義上切り離す事のできない
一つの有機体になった」二人の心に、
微妙な食い違いが生じるだけで
十分なのです。
「本当にありがたいわね。
 ようやくの事春になって」
と、
晴れ晴れとした気持ちの御米に対し、
「うん、しかしまたじき冬になるよ」
答えた宗助の感覚のずれは、
この二人にとって十分な
悲劇的結末といえると思うのです。
薄味でありながらも、
底の知れない奥深い味わいを
感じさせる逸品です。

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「行人」
学問だけを
生きがいとしている一郎は、
妻に理解されず、
親族からも敬遠されている。
我を棄てることができず
孤独に苦しむ彼は、
愛する妻が弟の二郎に
惚れているのではと疑い
弟に自分の妻と一晩よそで
泊まってくれとまで頼むが…。

近代の荒波を最も直接的に、
全身で受け止めざるをえなかったのは、
明治の時代の「知識人」たちでした。
なぜなら、
西洋から押し寄せてくる「学問」にこそ、
それまで日本になかった
価値観が漲っていたからです。
一郎もまた近代的自我の確立を
最も強く意識していたと考えられます。
しかし同時に一郎は旧家の長男であり、
個人として振る舞うことができない
立場です。
一郎はいわば、
作者・漱石が己の内面と向き合い、
それを投影した姿であると
考えられます。
一郎の苦悩は
そのまま漱石の心痛であり、
現代の私たちは
その漱石の孤高な精神を
読み解かなくてはならないのです。

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「抗夫」
良家の子息でありながら、
二人の女性との間で
問題を起こした
十九歳の「自分」は、
自滅しようと家を飛び出し、
誘われるがままに
銅山へと向かう。
たどり着いた鉱山町のそこには、
異様な風体で
「自分」を悪し様に罵る
坑夫たちがいた…。

労働問題を扱った文学は
多々ありますが、本書はその先駆けと
考えることができそうです。
注目すべきは、
学問を修めた坑夫・安との
邂逅でしょう。
安は鉱山で働こうとしている「自分」に
こう諭します。
「ここは人間の屑が
 抛り込まれる所だ。
 全く人間の墓所だ、
 生きて葬られる所だ。」

過重労働に関わる問題が
昨今クローズアップされています。
若者が働く場所が、
「人間の墓所」であっては
決してなりません。
現代にこそ通じる部分だと思います。
漱石の深いまなざしが、時を超え、
現代にまで達したような作品です。

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さて、漱石の長篇作品は、
決して多くありません。
8篇取り上げてしまえば、当然、
残りの作品の方が少ないのです。
今回、
取り上げなかった作品を確認すると、
「吾輩は猫である」「三四郎」
「道草」「明暗」の4篇となります。
「吾輩は猫である」は、
表題だけは有名ですが、
漱石作品の中で
もっとも最後に読むべき作品です。
「明暗」は未完成であり、
しかも実験作的な風合いがあり、
ここから外しました。
そして、
「三四郎」「道草」「行人」「抗夫」の
4作のうち、
どれを入れようかと迷った末に、
「行人」「抗夫」を選びました。
「抗夫」は漱石の中では
異質な作品なのですが、その分、
深い味わいのある作品であり、
あえて入れました。

もちろん、12篇すべてが
優れた作品であることは
いうまでもありません。
そして生きていく中で、
何度も読み返されるべき作品群です。
あなたの人生に寄り添うべき一冊が、
これらの中に、必ずあります。
今こそ、漱石を読んでみましょう。

(2023.5.29)

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