「湖畔」(横溝正史)

人生の悲哀を綴った文学作品のよう

「湖畔」(横溝正史)(「悪魔の家」)角川文庫

S湖畔で療養生活をしていた「私」は
ある老紳士と懇意になる。
いつも古風な洋服に
身を包んでいたその老紳士は、
ある日、宿屋の褞袍を着たまま
湖畔のベンチで死んでいた。
そして老紳士は、
町で起きた強盗事件の
犯人だという…。

町の悪徳業者の家に押し入り、
ピストルを突きつけて
現金を強奪した犯人が老紳士であり、
その老紳士は
そのわずか1時間後には
死体となっていた。
奪われた現金は
どこからも見つからない。
「私」は探偵役としてその事件を
解決するわけではありません。
事件関係者からの述懐を
聞くだけであり、
したがって本作品もまた
謎解きが主ではないのです。

本作品の味わいどころ①
不思議な雰囲気を湛えた老紳士

「古風な洋服を、
ネクタイの結び目一つ崩さずに
着ている」老紳士は、
なにやら不思議な雰囲気を
湛えています。
療養のために訪れている町で、
「私」と老紳士は
お互いに無聊を慰め合う関係に
なっていったのです。

ところがその老紳士は、
「私」と語り合う「愛想のよいとき」と、
会っても一言も発しない
「気むずかしいとき」があるのです。
しかも、
「愛想のよいとき」は
右のこめかみに痣が浮かび、
「気むずかしいとき」には
その痣が消えているという
傾向が見られるのです。
その日の気分とともに消長する
痣の秘密とは?

本作品の味わいどころ②
他の作品と違った双生児の役割

本作品には双生児が登場するのですが、
他の横溝作品とは
その存在がやや異なります。
多くの作品で、
双生児はいがみ合い、
一方が他方を殺して入れ替わるという
殺人トリックに使われています。
本作品の双生児は、
両者とも兄弟愛に満ちているのです。
その兄弟愛の示しかたが
現実離れしながらも
味わい深いものになっています。

本作品の味わいどころ③
横溝の療養生活の反映と耽美さ

療養生活で死と向き合った横溝の作風は、
えもいわれぬ耽美さを獲得しました。
「S湖畔で療養」とくれば、
名作「鬼火」を連想させます。
昭和15年作の本作品もまた、
「鬼火」のような
耽美的な要素に満ちています。
死んだはずの老紳士が、
1年後、また湖畔のベンチに腰をかけ、
「私」に静かに経緯を述懐する件は、
幻想的ですらあります。

ミステリーではなく、
人生の悲哀を綴った文学作品を
読んだような感慨を覚えます。
横溝の味わい深い逸品、
いかがでしょうか。

※本書「悪魔の家」は
 品切れ絶版中(電子書籍あり)ですが、
 本作品は2018年11月に出版された
 「丹夫人の化粧台」にも
 収録されています。

(2018.12.2)

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