「面(マスク)」(横溝正史)

「強制的な手術」による「顔の喪失」

「面(マスク)」(横溝正史)(「誘蛾燈」)角川文庫

「起請」と題された絵。
それは遊女と取り交わす起請に、
美少年が
血判を押している絵であった。
展覧会でその風変わりな絵を
眺めていた「私」は、
老人から話しかけられる。
醜悪な相貌のその老人は、
絵の由来について語り始める…。

絵を描いた女性画家自身が
遊女のモデルであり、
実際に美少年と逢い引きしていた。
その美少年は、
画家の夫である整形外科医に
捕らえられた。
外科医はその道の権威であり、
天才的な手腕を持っていた。
美少年は外科医から
「強制的な手術」を受け…。
というのが、老人の語る
「絵の由来」なのです。

本作品の味わいどころは
何といっても
「強制的な手術」による
「顔の喪失」です。
美少年が麻酔から目覚めて
鏡を見ると、何とそこには
おぞましい姿があったのです。
読んで確かめていただきたいと
思います。

この「強制的な手術」は
横溝作品にいくつか登場します。
「蠟人」では、
やはり逢い引きをしていた美少年が、
旦那である男に拉致され、
去勢手術を受けさせられます。
ある意味、
殺されるよりも残酷な私刑です。
「カリオストロ夫人」では、
青年俳優の新しい恋人になった少女が、
男のパトロンでもあった女性と
魂の入れ替え手術
(ここまで来るともはやSF)を
受けさせられ、
自殺に追い込まれます。

「顔の喪失」についても
様々なバリエーションがあります。
「鬼火」や「犬神家の一族」などは、
事故による運命的な「顔の喪失」です。
顔を失うことが
犯罪へ手を染めるきっかけと
なっています。
「骸骨鬼」では、
七日間の仮死状態の中で
顔の肉が腐り落ち、
骸骨仮面になってしまう男が
描かれています。
これによって彼の運命は一変します。
「真珠郎」や「車井戸はなぜ軋る」では、
「顔を失った屍体」が登場します。
これらは被害者の
顔を奪うことによって
加害者が自らの存在を
隠す意図があります。
そう考えたとき、
本作品において
「顔の喪失」がもたらしたものは
「自らの存在の喪失」といえるでしょう。

それにしても、
人間の顔をまったく別人に
変えてしまうほどの整形外科手術は、
本作品が執筆された
1936年当時では
ほとんど魔術に近いものであり、
だからこそこうしたホラー作品が
生み出されたといえるのです。
アイドルを創りあげるような
高度な整形術が登場した
現代にあっては、
もはやこうした作品は
成立しにくくなっているのかも
しれません。

(2018.12.16)

Alexas_FotosによるPixabayからの画像

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