「本にだって雄と雌があります」(小田雅久仁)②

深井家5代にわたる不思議な繋がりを描いたクロニクル

「本にだって雄と雌があります」
(小田雅久仁)新潮文庫

昭和61年6月、
與次郎の乗った航空機が
熊本山中に落下する。
與次郎の家では書斎から
一万冊もの「幻書」が壁をぶち破り、
雨の中、南の空へと消えた。
妻・ミキは與次郎の死を確信する。
墜落現場では2人の子どもの
生存が確認され…。

全460頁にわたる大長編である本書は、
前回書いたように
ファンタジー小説の衣を纏いながら、
その本質は深井家5代にわたる
不思議な繋がりを描いた
クロニクルでもあるのです。

本書の中心は「私」(=深井博)の
祖父・與次郎なのですが、
その妻・ミキの生涯についても
詳しい記述が成されています。
また、高祖父・仙吉、
曾祖父・正太郎、
與次郎の長兄・宇一郎などにも
スポットを当て、
幻書との関わりを明らかにしています。
加えて、與次郎の仇敵ともいえる
鶴山釈苦利なる怪人物も登場させ、
幻書が関わる歴史を
さらに深いものにしています。

特に與次郎が墜落現場で懸命に
その命を守った姉弟の早苗(9歳)が、
孫の「私」(11歳)と出会い、
後に夫婦となるくだりは、
爽やかな感動を覚えます。
しかし、物語の終末に
さしかかるあたりで、
それは実は運命によって
決められていたことが
明らかになります。
27歳の「私」は、
後に自分は早苗と結婚し、
恵太郎という名前の子どもを
得ることを、釈苦利の蒐集した
幻書によって知っていたのです。

「幻書」なるものの特徴は
前回4つ記しましたが、もう一つ、
「これから起こることについて
記述されたものがある」。
若き日の「私」が自分の将来の一端を
知ったように、かつて與次郎もまた
幼き日に出会った幻書によって、
孫の名前、自分の非業の死など、
自分の身に起こりうることの
断片を知っていたのです。

本と本から生まれた「幻書」は
その存在自体が神秘的なのですが、
そこに綴られている情報もまた
神秘的なのです。

前半部の多くはクロニクルで費やされ、
ファンタジーの部分がなかなか
現れないのですが、
この墜落事故による與次郎の死以降は、
與次郎の戦時中の体験、
ミキの昇天、
「私」と早苗の出会い、
そして「私」と釈苦利の対決と、
めまぐるしく展開していきます。
そしてそれとともに、
なぜ前半部に冗長ともいえる
クロニクルが存在するかが
明らかになるのです。

心温まるファンタジーが
クロニクルの一つ一つを繋ぎ合わせ、
壮大なクロニクルが
ファンタジーを鮮やかに彩る。
読み応えのある460頁です。
夏の読書に最適です。

(2019.8.9)

TuendeBedeによるPixabayからの画像

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