「ヒコベエ」(藤原正彦)

生命を謳歌する姿が眩しすぎます

「ヒコベエ」(藤原正彦)新潮文庫

命からがら満州から
引き揚げてきたヒコベエ一家は
信州諏訪に身を寄せる。
緑深い自然に抱かれた地で、
ヒコベエは腕白坊主に成長する。
そして母の小説が
ベストセラーとなり、
一家には転機が訪れる…。

前回取り上げた藤原ていの次男であり
「国家の品格」の著者である
藤原正彦氏の自伝的小説です。
「流れる星は生きている」が
引き揚げて諏訪に辿り着くまでの
記録であるのに対し、
本書はその後の、
氏の小学校卒業までを描いています。

おそらくは小説的な「筋書き」を
付け加えていないと思われます。
でも面白いのです。
「流れる星」は
時間をかけて読み進めたのですが、
本作品は一気に
読み通してしまいました。

描かれているのは
「生きている」ことを謳歌している
少年・ヒコベエの姿。
信州諏訪の自然の豊かさを享受し、
伸び伸びと成長するヒコベエ。
父母のことも忘れて
諏訪の子どもたちと
一夏中遊び回るヒコベエ。
時には持ち前の腕力に
ものをいわせながらも
東京の子どもたちと
交わっていくヒコベエ。

著者には
自分を控えめに表現する、などという
変な日本人的意識はないのでしょう。
自分の記憶にある自分自身を、
何も加えず何も引かずに
自画像として描出したような
作品なのです
(この堂々とした自己表現に、
小心者の私などは
やや引いてしまうのですが、
こうでなければ
世界で活躍する学者には
なれないのかもしれません)。
これこそまさに
成長する子どもの姿です。

もう一つ描かれているのは
人との出会いから学び吸収していく
少年・ヒコベエの姿。
東京の小学校で
たくましく友人関係を
切り拓いていくヒコベエ。
数学と文学の面白さに気付き、
深く学んでいこうとするヒコベエ。
時には教師の批判もしながら、
自分の正しいと思った道を
突き進んでいくヒコベエ。

吸収力の高い人間ほど、
才能を持つ人との出会いに
恵まれるのかもしれません。
父との散歩の途中で出会う
児童文学作家・塚原健二郎、
4年生の時に図工を習った先生が
後に画家として大成する
安野光雅(以前取り上げた
夏目漱石「明暗」の表紙画も安野作)。
素晴らしい人たちと出会っています。

満州脱出のおり、
母ていが身を賭して
守り抜いた子どもたちの、
その後の生命を謳歌する姿が
眩しすぎます。
生命とはかくも偉大なものなり。
「流れる星は生きている」
そして本書と、
2冊続けて読むことをお薦めします。

(2019.8.14)

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