「幕が上がる」(平田オリザ)

大きな衝突もなければ、べったり接近もありません

「幕が上がる」
(平田オリザ)講談社文庫

さおりの所属する高校演劇部は
いつも地区大会止まり。
3年生になった4月、
演劇強豪校から
転入生がやってくる。
そして新採用の副顧問の先生は
学生演劇の女王だった。
さおりは何かが始まる
予感を感じる…。

万年最下位の部活動に
新顧問がやってきて、
実はその先生は
その分野での実力もしくは
指導力に長けていて、
一気に全国大会を目指して
部員一丸となって頑張る。
運動部を舞台にしたものであれば
小説に限らず映画・マンガ等
星の数ほどあるのではないでしょうか。

でも本作品の舞台は演劇部。
だからというわけでは
ないのでしょうが、
本作品はそうした部活動ものとは
一味も二味も違います。

本作品の特徴①
人間関係が暑苦しくならない

スポーツものであれば、
部員どうしの大きないさかいが生じ、
それを解決することによって
部員の結束が高まる、
というお決まりのコースを歩みます。
本作品は
大きく衝突することもなければ、
べったりくっつくこともありません。

強豪校から演技力抜群の
女子生徒が加入してきても、
気持がしっくりしない部分こそあれ、
面だった衝突はありません。
年下の男子部員が部長のさおりに
恋心を抱いているのですが、
そのやりとりも描かれていません。
この暑苦しくない人間関係が、
作品の現実感を高めています。

本作品の特徴②
指導者が前面に出すぎない

スポーツものであれば、
人間的魅力を持った監督が
選手たちを強力に意識改革し、
ぐいぐい引っ張っていくでしょう。
しかし本作品の指導者・
新任教諭・吉岡先生は
それほど強烈ではありません。
目標を一段上げさせるのですが、
それも自然な流れの中でのことです。

驚くことに、この吉岡先生、
地区大会が終わった段階でリタイヤ。
生徒を残して退職します。
演劇部に関わったことで、
自分の中にある
女優としての夢が再燃したためです。
自分の夢を蹴って
教職にしがみつくよりも、
自分の夢を追い続ける
背中を見せることの方が、
よほど教育的であると納得しました。

演劇好きの私は
一気に読んでしまいました。
何かひとつのことに夢中になることは、
やはり素晴らしいことです。

劇作家・演出家の平田オリザ初の小説。
中学生にも高校生にも
大人のあなたにも、お薦めです。

※2015年に映画化されていますが、
 私は見ていません。
 ネットで予告編の動画を見る限り、
 暑苦しくなっているような
 気がするのですが…。

(2019.8.22)

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