向かうべき未来の50年先を見据えた小説
「正欲」(朝井リョウ)新潮社

「いなくならないから」。
経済的に自立している
共働きの夫婦。その状態で、
夫が性犯罪で捕まった。
しかも児童ポルノ所持という、
世間的に最も嫌悪される
種類の容疑で。それなのに、
どうして一緒にいたいと
思えるのだろうか…。
2022年本屋大賞第4位の本書を
読み終えました。
読後にこのような衝撃が襲ってくるとは
想像だにしていませんでした。
作品冒頭で語れるのは、
児童ポルノ所持法違反で
三人の男性が逮捕された記事。
表題の「正欲」が性欲に
つながっていることを考えると、
読み始めたことを「失敗した」と
後悔すらしました。
とんでもありません。
検察官・寺井啓喜、
寝具販売員・桐生夏月、
大学生・神戸八重子が
順繰りに語る筋書きは、
やがて一つに収斂していき、
読み手の意識を根底から打ち砕く
大きな流れとなっていくのです。
本作品の筋書きに大きく切り込むのは
控えるべきなのでしょう
(冒頭に掲げた一説も、
いつものあらすじではなく、
終末部の鍵となる部分
~容疑者の妻を取り調べたあと、
検察官・寺井が呆然としている部分~を
抜粋しました)。
本記事では、私が受けた衝撃を
述べるにとどめたいと思います。
一つは人間の持つ「欲望」に、
深く深く切り込んでいった
作者の鋭い筆致です。
私たちは自分の欲望を
隠そうとしながらも
実はさらけ出しているということに
気づかされます。
「性欲」は誰しも
当然「ある」という前提のもとに、
表面上は隠しながらも実は
「みんなある」から安心しているという
矛盾を生じているのです。
「正しい欲望」と
「そうでない欲望」があり、
「正しい欲望」は
「持っていて当然」と考えながらも、
「そうでない欲望」は露骨に嫌悪し、
断罪していく。
私たちが普段気づこうとしないもの、
言葉に表そうとしないものを、
徹底的に暴き出しているのです。
一つは「正しさ」や「正義」の持つ
暴力性に焦点を当てた作者の感性です。
ある人間が信じる「正義」は、
ほかの誰かを傷つける刃に
なり得ることを強烈に示しています。
もしかしたら自分もまた、
「正しさ」を振りかざして
誰かを追い込んでいるのではないかと
大きな不安に駆られます。
自分の視野の狭さに気づけなければ、
そうなる可能性は大きいのです。
そして一つは「多様性」という言葉に
潜んでいる「差別性」を浮き彫りにした
作者の先見性です。
令和の世の中は「多様性」が
一つのキーワードとなり、
それが「誰もが生きやすい社会」の実現に
つながるのだという観念が、
疑いようのないものとして
浸透しています。
それは決して間違いではないことは
確かなのですが、
十分なものでも決してないことを
思い知らされます。
「多様性」を口にする人間の
思考の枠外にあるものは、
決して救われることがないのです。
「みんな違って、みんないい」のは
当然のこととして、
その先の進むべき社会の
あり方についての提言が
なされているのです。
私たちが向かうべき未来の、
さらに50年先を見据えた
小説であるといえます。
一級のエンターテインメント小説が
ノミネートされる本屋大賞にあって、
娯楽的である以上に
文学的な要素を強く持つ作品であり、
その評価は一過性のものとは
ならないはずです。
朝井リョウ、
やはり今一番注目すべき作家です。
(2022.5.9)

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