「黑髮」(鈴木三重吉)

家船の若い男女の、実らぬ恋の悲しい物語

「黑髮」(鈴木三重吉)
(「千鳥 他四篇」)岩波文庫

「千鳥 他四篇」岩波文庫

私が戀をした女は
おふさと言つた。
おふさが船は
酒、煮肴、壽司などを
賣つてゐた。
大きな浦へ着けた時には、
おふさが船は石崖の上に
蓆の小屋を建てた。
濱の若者等はそこへ來て、
夜更けるまで清酒を飲んだ。
母親は三味線が彈け…。

鈴木三重吉の、
文庫本にしてわずか十頁の、
初期(第五作目)の掌編です。
「千鳥」「山彦」のように、
実らぬ恋を描いた作品であり、
しみじみとした味わいに満ちています。

〔登場人物〕
「自分」

…語り手(入れ子構造である本作品の
 額縁部分の語り手)。
「年寄」「わし」
…語り手(本編部分の語り手)。
 「千さん」と呼ばれる。
 おふさと恋に落ちたときは十七歳。
おふさ
…「わし」が若い頃に恋した娘。十七歳。
「おふさが父親」
…おふさの父親。
※本作品は入れ子構造となっていて、
 「自分」が昔「年寄」から聞いた
 (「わし」とおふさの恋の)話を
 語るという形になっている。

恋に落ちた「わし」とおふさの二人。
それぞれの両親が認めるはずがないと
思い込んでいるうち、
おふさの態度がよそよそしくなる。
ある夜、おふさの父親が「わし」を呼び、
「お前をおふさと添はせて
一緒によそへ遁してやる」という。
そして「わし」にこう告げる。
「おふさは腹を氣にして自害した」。

なぜ二人の恋は実らなかったのか?
一つは二人が置かれた地域の環境です。
家船(数艘から数十艘の船で、
本拠地を中心として周辺を移動しながら
商いをして生活する集団、
つまり海上の「村」)での
男女の慣わしは、
「妻合はぬ先に添うた男と女とは
一生親から見放される」。
陸上での放逐と異なり、
家船の場合は完全に
断絶されることになるのですから、
二人が恐れるのも当然です。

それ故に、二人はお互いの
二親の気持ちを測り損ねるのです。
おふさは
「小父さんが叱るやうに見える」といい、
「わし」は
「おふさが父親は普斷から何だか怖い」と
思い込んでいるのですが、
最後に描かれる場面を読む限り、
おふさの父親は
二人の仲に気づいていて、
それを見て見ぬふりをし、
暗黙の了解を与えていたと
考えられるのです。

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その父親の計らいで、
「わし」はおふさと
結ばれることとなるのです。
ただし、そのときおふさは
冷たい骸となっていたのですが。
そのままでは娘のおふさも、
そして「わし」も不名誉なことになるが、
二人の駆け落ちという形にすれば、
周囲からの蔑みの目も
少なくなるであろうという
判断でしょう。
佐渡島へと「わし」を逃がし、
三十両の金子と
娘の遺髪を持たせるといった、
一連の手回しからも
父親の好意が感じられます。

父親の語り口からは
娘を失った悲しさを抑え、
状況を的確に判断した様子が
感じられます。
悲しい結末でありながらも、
父親の判断は、
その状況下での最適解なのでしょう。

「年寄」は、そうした若い頃の過ち
(婚前交渉を「過ち」というべきでは
ないのかもしれませんが)を胸に秘め、
ずっと独り身を通してきたことが
うかがえます。
婚前交渉が村八分の対象となっていた
時代の悲恋です。
現代の私たちからすると
理解が難しいのですが、
本作品が発表された
明治41年の時代に遡って、
その空気感を味わうべきでしょう。

(2024.2.15)

〔「千鳥 他四篇」〕
千鳥
山彦
おみつさん
烏物語
黑髮

〔鈴木三重吉の作品〕

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