「夜光虫」(横溝正史)

由利・三津木の事件簿09

何でもありの面白さ、横溝の戦前の作風の頂点

「夜光虫」(横溝正史)
(「由利・三津木探偵小説集成2」)
 柏書房

「由利・三津木探偵小説集成2」

「夜光虫」(横溝正史)角川文庫

「夜光虫」角川文庫

両国の川開きの夜、
護送中の犯人が
捕縄のまま逃走し、
屋形船に逃げ込む。
船の中にいた老婆と
唖の美少女・琴絵は、
飛び込んできた男を見て驚く。
水も滴る美少年であるとともに、
彼の肩には人の顔をした瘤、
人面瘡があったのだ…。

横溝正史由利・三津木シリーズ
長篇作品です。
金田一もののような
本格探偵小説とは異なる、
「何でもありの面白さ」を前面に出した、
横溝の戦前の作風の頂点をなすような
作品となっています。

【事件簿09 「夜光虫」】
〔事件捜査〕
由利麟太郎…私立探偵。
三津木俊助…新日報社記者。
等々力警部…警視庁警部。
〔事件関係者〕
諏訪鮎子
…売り出し中のレコード歌手。
 花火大会の夜、逃げ込んできた
 美少年を匿い、事件に巻き込まれる。
白魚鱗次郎
…警察に捕縛されていたところを逃亡、
 鮎子に匿われる。美声の美少年。
 肩に醜い人面瘡を持つ。
 本名は芹沢鱗次郎。
芹沢圭介
…鱗次郎の父親。琴絵の父親を
 殺害して行方不明となっている。
芹沢万蔵
…鮎子の所属するレコード会社の専務。
 二重眼鏡の男。圭介の弟。
 鱗次郎と琴絵を監禁する。
山下
…鮎子と同じレコード会社に所属する
 作曲家。
磯貝ぎん
…由利麟太郎に鱗次郎探しを依頼した
 老女。琴絵の乳母。
志摩琴絵
…ぎんが世話をしている唖の少女。
 鱗次郎の許嫁。
志摩耕作
…琴絵の父。鱗次郎の父・圭介に
 殺害されたという。
志摩京子
…琴絵の母。耕作死亡後、
 発狂した末に病死。
関羽髯の長次
…障害者の集まった長屋の親分的存在。
 鱗次郎をつけ狙う。
ジョン・柴田
…サーカスの団長。
 かつて鱗次郎を養っていた。
ネロ
…ジョン・柴田のサーカス団で
 飼われていた虎。
 鱗次郎になついていた。
黒痣の男
…かつて鱗次郎の父親代わりを
 務めていた。鱗次郎とともに
 ジョン・柴田のサーカス団に
 身を寄せていたが、ある日、
 二人とも行方不明となり、
 今日にいたる。
ゴリラ男
…ゴリラのような風貌を持つ男。
 監禁されていた鱗次郎と琴絵を救出。
〔事件発生〕
昭和11年(東京)
〔事件の概要〕
⑴護送中の鱗次郎、逃亡。
 容疑は黒痣の男殺し。
 鱗次郎を鮎子が保護する。
⑵鱗次郎と鮎子がそれぞれ誘拐される。
 鮎子は無事解放される。
 鱗次郎は軟禁される。
⑶サーカス団からネロが脱走。
 ネロはジョンを噛み殺す。
⑷琴絵とぎん
 時計塔の座敷牢に幽閉される。
⑸鱗次郎、ネロの檻に入れられ、
 殺害されかかる。
⑹ゴリラ男、鱗次郎と琴絵を救出。
 ぎんがネロに噛みつかれ、重傷。
 ネロは由利・三津木が射殺。
⑺ゴリラ男、万蔵を殺害(したらしい)。
 万蔵らしき死体が発見される。
⑻ゴリラ男、
 鱗次郎と琴絵を時計塔に幽閉。
 琴絵を檻に監禁。
 鱗次郎の人面瘡を切開。
⑼ゴリラ男、絶命。

本作品の味わいどころ①
ミステリアスな人面瘡の意味

美男子主人公・白魚鱗次郎の肩に宿る
醜い人面瘡。これがまず一番に
読み手の目を引きます。
美男子と人面瘡。
このアンバランスな組み合わせが、
人面瘡の恐怖を引き立てているのです。
最後まで読むと、
別に人面瘡である必要はないのです。
ただの「瘡」でもよかったのですが、
そこにおどろおどろしさを
盛り込むのが横溝流。人面瘡に
どんな秘密が隠されているのか、
ぜひ読んで確かめてください。

横溝は、ここでどうしても「人面瘡」を
素材として使いたかったのでしょう。
冒頭にこのような一文があります。
「あの有名な谷崎潤一郎という
 小説家なども、
 こいつ
(人面瘡)を種に
 優れた小説を書いています」

これは谷崎潤一郎が1918年に書いた
「人面疽」のことです。
かなり神秘的な筋書き
(ミステリではなくホラーに近い)に
なっているのですが、
横溝はこの作品を
かなり意識していたのでしょう。
ただし本作品における人面瘡は
補助的な付録に過ぎず、
谷崎のミステリアスさには
遠く及びません。
人面瘡に谷崎以上の面妖さを盛り込んだ
作品「人面瘡」を横溝が完成させるのは、
1949年のことです(その後、1960年に
金田一ものに改稿、再発表している)。

本作品の味わいどころ②
美少年&美少女の冒険と恋愛

横溝正史得意の
美少年と美少女の組み合わせです。
美少年・鱗次郎は、
警察の捕縛から逃走、
誘拐・監禁からの脱出、
美少女・琴絵もまた
囚われの身になるなど受難続きですが、
それを含めての冒険の連続が
本作品の味わいどころとなっています。
そして偶然出会っての
一目惚れではなく、
「運命」であることが明かされます。

終盤、悪党に拉致された二人の場面が
秀逸です。
寝台に荒縄で括り付けられ、
人面瘡を切開される鱗次郎、それを
檻に閉じ込められた琴絵が目撃し、
身悶えする場面など、
映像化したらさぞかし耽美的な情景が
創り上げられるのではないかと
思うのです(調べてみると、本作品は
いまだ映像化はされていません)。

本作品の味わいどころ➂
怪人たちのバトルロワイヤル

そして何といっても
次から次へと登場する怪人物
(一部化け物キャラ)たちの
バトルロワイヤルが、本作品の
最大の味わいどころとなっています。
鱗次郎をつけ狙うのは
「二重眼鏡の男」と
「関羽髯の男と不虞者集団」。
それぞれお互いを出し抜きながら
鱗次郎を拉致しようと試みるのです。
過去には「黒痣の男」が鱗次郎を
拉致していたことも語られます。
そしてそれらに対抗するのが
「ゴリラ男」。
途中から悪人へと変化するのですが、
最後にはその種明かしもされます。
さらに美人女性歌手「諏訪鮎子」が
絡んできます。そうかと思えば
サーカス団から逃げ出した
ライオンのネロまで参戦、
動物も含めた
大バトルロワイヤルとなるのです。

ところがこれに最も絡まなければ
いけない由利・三津木コンビは
存在感がかなり薄くなっています。
彼ら二人が「勝負」したのは
ライオンのネロの始末だけ。
しかもその間、鱗次郎も琴絵も
悪人に誘拐されているのですから
不甲斐なさこの上なしです。
付け加えれば、
等々力警部をはじめとする警察機構は
まったく役に立っていません。
悪人たちの仕掛けにはまり、
鱗次郎を誤認逮捕、
その上逃亡を許しているのですから
お粗末な限りです。

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全体を見渡せば、
妖艶な鮎子の絡みが少ないこと、
偶然的な展開が多すぎること、
刑事から逃亡する強さを
見せたかと思えば
簡単に拉致されたりする
鱗次郎のキャラクターの不統一が
目立つ点など、
「疵」の多い作品ではあります。
しかしながらこの
「何でもあり」の設定こそ、
戦前の横溝作品の特徴なのです。
「八つ墓村」「獄門島」
「犬神家の一族」とはまた違った
テイストの本作品を、
じっくり味わっていただきたいと
思います。

〔本作品の収録書籍について〕
本作品は
角川文庫に収録されていました。
杉本一文画伯の表紙ですが、
2バージョンあります。
一つは昭和50年の初版から
採用されているものです。

角川文庫「夜光虫」ver.1

これはこれで素敵なのですが、
この二人が鱗次郎と琴絵では、
とても美少年&美少女とは
いえなくなります。
もう一つは昭和50年代末に
改訂されたもの(冒頭部写真)です。
こちらの方が
洗練された印象を受けますが、
この人物も鱗次郎にしては
年を取り過ぎている感があります。
なおこちらの装幀画は、
平成に入って書籍自体が絶版となり、
世の中にあまり出回ることなく
終わってしまいました。
角川文庫の杉本表紙の中では
レア度の高いものとなっています。

角川文庫版はいまだに絶版中ですが、
柏書房から
つい先日(2019年1月5日)刊行された、
「由利・三津木探偵小説集成第2巻」に
収録されています。
こちらの表紙の方が、
鱗次郎と琴絵に近いイメージです
(少年が怪しい笑みを浮かべているのが
気になるが)。

(2019.1.27)

〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

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(2024.1.2)

〔「由利・三津木探偵小説集成2」〕
夜光虫
首吊船
薔薇と鬱金香
焙烙の刑
幻の女
鸚鵡を飼う女
花髑髏
迷路の三人
付録:夜光虫(未発表版)
編者解説(日下三造)

〔関連記事:谷崎潤一郎「人面疽」〕

〔関連記事:横溝正史「人面瘡」〕

〔関連記事:由利・三津木シリーズ〕

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