「騎士団長殺し」(村上春樹)①

すべてが絵画的暗号で綴られたような大長編小説

「騎士団長殺し(全4冊)」
(村上春樹)新潮文庫

妻を失った「私」は、友人・雨田の
父親の邸宅に住むことになる。
名のある画家であった雨田具彦は、
今は認知症を患い
養護施設に入院していた。
「私」は邸宅の屋根裏部屋から、
雨田具彦作と思われる日本画
「騎士団長殺し」を見つける…。

この「騎士団長殺し」という、
日本画にはまったく似つかわしくない
タイトルの付された絵画を
「私」が見つけることから、
様々な出来事が一つの繋がった
環のように立ち現れてくるのです。
本作品は全編にわたって
「絵」が一つの暗喩として、そして
作品を理解する鍵として機能してくる
不可思議な作品世界なのです。

本作品には5つの「絵」が登場します。
仮に筋書きの登場順に①から⑤まで
ナンバリングするとすれば、
①「私」が住むことになった
 屋敷の持ち主・日本画家である
 雨田具彦の描いた「騎士団長殺し」、
②「私」に接近する謎の白髪紳士・免色を
 描いた「私」の作品「免色渉の肖像」、
③東北の町で
 「私」が出会った男を描いた
 「白いスバル・フォレスターの男」、
④雨田邸敷地内にある謎の穴を描いた
 「雑木林の中の穴」、
⑤13歳の少女・まりえを描いた未完の
 「秋川まりえの肖像」、となります

それらは「騎士団長殺し」から始まり、
それにインスパイアされるように
次々と「私」が描き出したもの、
それも「私」の内部から湧き出るものに
突き動かされた結果として
生み出されたものなのです。

さて、
作品の舞台となっている世界もまた、
おおむね5つに仕切ることができます。
これも筋書きに現れた順に書き出すと
以下のようになります。
A:「私」の周辺、つまり
 突然離婚した妻と
 幼い頃に亡くなった妹に関わる
 エピソード。
B:東北のとある町で出合った
 「白いスバル・フォレスターの男」との
 一件。
C:雨田具彦の抱えていた歴史の闇と
 「騎士団殺し」の日本画。
D:雨田邸の敷地にある「穴」の存在と
 そこから解き放たれた
 イデア「騎士団長」、
E:謎の男・免色と
 13歳の少女・秋川まりえとの関わり、
これらが複雑に絡み合い、
物語を紡ぎ出していくのです。

5枚の絵がそうした事象の
暗喩・メタファーと考えたとき、
それらはどう繋がっていくのか
考えてみます。
①「騎士団長殺し」はC、
②「免色渉の肖像」はE、
③「白いスバル・フォレスターの男」はB、
④「雑木林の中の穴」はD、
ここまでは問題ないでしょう
(もっともさらに突き詰めたとき、
「白いスバル・フォレスターの男」の
存在自体が一つの暗喩なのですが)。

⑤「秋川まりえの肖像」が問題です。
残ったAとなりますが、
何かしっくりきません。
となるとまりえの存在自体もまた
メタファーと考えるべきなのでしょう。

彼女の存在は「私」の妹コミであり、
妻ユズであり、
終末に生まれている娘むろと
考えることもできます。
終末で高校2年生(くらい)になった
彼女の印象が、13歳のときとは
異なっていることからも、
「13歳のまりえ」は
「私」の周囲の女性たちの
隠喩的存在に思えてなりません。

すべてが絵画的暗号で綴られたような
大長編小説です。
村上春樹でなければ創り出せない
作品世界なのです。

※ようやく読みました。
 ブームになっている最中は
 読みたくありませんでしたので、
 文庫本化されるのを
 じっと待っていました。

(2019.8.1)

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