「蒲公英草紙 常野物語」(恩田陸)

みな、何かと懸命に戦っているのです

「蒲公英草紙 常野物語」
(恩田陸)集英社文庫

峰子は地主・植村家の
屋敷に上がるよう
父親から命じられる。
植村家の娘・聡子が
心臓に疾患があり
外出できないため、
話し相手を求めていたのだ。
やがて植村家に
不思議な力を持った
家族がやってくる。
彼らは常野の一族だという…。

前回2回にわたって取り上げた
「光の帝国 常野物語」に続く第2作です。
10の物語がこれで一つに
集約していくのか…と思えば、
本作はまったく新しい筋書きであり、
それも何と時代は明治後期。
そもそもの出発点なのでした。

前作と関わりあるのは、
不思議な力を持つ「常野一族」の登場、
そして舞台となる宮城県南部の村にある
達磨山という地名、
そしておそらくは第1作の
春田光紀・記実子の先祖と考えられる
春田家、そしてその「しまう」能力、
こういったあたりでしょうか。

SF的要素に過剰な期待を持って読むと、
裏切られるかも知れません。
本作品の魅力はそこではなく、
登場人物たちが目に見えない
時代の流れに抗いながらも
真っ直ぐに生きている
姿そのものなのです。

まずお屋敷に住む植村家の人々。
聡子は病弱でありながらも聡明であり、
自分の生きる役割が何なのかを
理解しています。
三男・廣隆は
峰子や春田姉弟との出会いの中で
人間的な成長を果たします。

加えて植村家の客人たちが
物語に彩りを添えます。
冷静沈着で見たものをきわめて正確に
描くことのできる洋画家・椎名。
彼はそれまで否定していた
日本画の価値に気付き、
画家としての自分の在り方を
問い続けます。
ある事情を抱え、
彫ることのできなくなった仏師・永慶。
廃仏毀釈の嵐で経験した
絶望を乗り越え、
新しい一歩を踏み出そうとします。
教師となって村に尽くそうとする
書生・新太郎。
愚直なまでに一本気であった彼は、
広い視野を獲得していきます。
彼らはみな、
何かと懸命に戦っているのです。

文明開化以降の混乱期、
そして軍国主義の足音が
静かに近づいてきた時代、
それが明治後期の
「にゅう・せんちゅりぃ」なのです。
全てが新しいものに
置き換えられようとしているときに
現れた春田一家の、
古いものを大切にする生き方
(それは非効率的であり、
意味や意義の見いだしにくい
ものなのですが)に触発され、
自分が何と戦っているのかが
見えてくるのです。

全7章のうち6章までは
静かに暖かい時間が流れていきますが、
最終章では破壊が待ち構えています。
決して読後は爽やかには
ならないかも知れません。
しかし、終末で語り手・峰子が
感じている「喪失感」を、
読み手である私たちは
じっくりと味わうべきでしょう。

※第1作を読了後、
 すぐさま本書と
 第3作「エンド・ゲーム」を買いに
 書店へ駆け込みました。
 「エンド・ゲーム」はしばらく時間を
 おいてから味わいたいと思います。

(2019.8.18)

Roland MeyによるPixabayからの画像

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA