いくつかの顔を持っているのです
「風見鶏の下で」(横溝正史)
(「誘蛾燈」)角川文庫
![](https://www.xn--u9jxf6af7c4b7e3b2kra6gh4851yok3b.club/wp-content/uploads/2019/03/2018.12.23-2.jpg)
藤川に囲われている鈴代は、
一件の妾宅に住むことになった。
その家は
不思議なつくりになっていて、
奥の押し入れに
なぜか窓が付いていた。
しかもその押し入れの壁一面に、
「蘭子」と「ジュアン」という
名前が落書きされていた…。
藤川は家庭を持つ身であり、
妾宅においそれと
泊まることはできない。
所詮一緒になれるわけではない。
若い鈴代は淋しくてたまらない。
奇妙なことに、
押し入れには前の持ち主が
人をかくまった形跡が見られる。
家の周囲には
怪しい混血児がうろついている。
何かが起きそうな
予感だらけなのです。
もちろん「事件」は起きるのですが、
ミステリーとしての「事件」とは
趣が異なります。
本作品はミステリーのようでもあり、
ホラーのようでもあり、
ラブロマンスのようでもあるという、
いくつかの顔を持っているのです。
本作品の顔①ミステリー
2件の殺人事件が起きます。
したがってミステリーなのです。
でも、その2件とも
過去形で語られるのみで、
その描写も一切省略され、
謎解きもなく、
ミステリーとは言いがたいのです。
本作品の顔②ホラー
不思議な構造の押し入れに、
かつて誰か(男)が
かくまわれていることを、
鈴代も藤川も認識します。
さらに妾宅付近を
つきまとっている混血の男が
いることも二人は把握します。
怪しい、
かつ妖しいことこの上なく、
ホラー的作品かと思うのですが、
超常現状は一切起きず、
ホラーとは言いがたいのです。
本作品の顔③ラブロマンス
その怪しい混血の男は、
押し入れに名を記された
ジュアンその人であることを、
鈴代は確かめます。
ジュアンと蘭子の関係、
そしてジュアンと鈴代の関係は
ラブロマンスを予感させますが、
本当の意味での愛情関係は示されず、
ラブロマンスとは言いがたいのです。
というわけで、
ミステリーのようであり、
ホラーのようであり、
ラブロマンスのようであり、
その実、
そのいずれでもないという
捉えどころのない作品なのです。
それでいて、
若くして本当の恋を知らぬまま
妾となった鈴代の、
幸せに見えて限りなく不幸な境遇と、
若さ故の好奇心とそれが
招いてしまうやるせない結末が、
読み手の心に鋭く引っかり、
抜くに抜けなくなる
作品でもあるのです。
やはり初期横溝作品は面白い。
もう一度横溝の世界に
浸ってみませんか。
(2018.12.23)
![](https://www.xn--u9jxf6af7c4b7e3b2kra6gh4851yok3b.club/wp-content/uploads/2019/03/2018.12.23-2-man.jpg)