
怪人・狼男+魔獣・盲目の犬、化け物の組み合わせ
「盲目の犬」(横溝正史)
(「双仮面」)角川文庫
(「由利・三津木探偵小説集成4」)
柏書房
「今夜人殺しがある」。
不吉な予言を残して
立ち去った狼男。
そのあとを追った由利・三津木は、
喉笛を噛み切られ、
顔も無残に噛み砕かれた
男の死体と遭遇する。
その犯行現場から、
狼男とともに、
口を血でぬらした猟犬が
姿を消すが…。
本作品の発表は昭和14年です。
時局が厳しくなり、
当時の作家たちが次々と
探偵小説に見切りを付けて撤退する中、
横溝正史はしぶとく
作品を発表し続けました。
本作品はそうしたものの一つであり、
短編ながら面白さ満載です。
【事件簿25 「盲目の犬」】
〔事件捜査〕
由利麟太郎…私立探偵。
三津木俊助…新日報社記者。
〔事件関係者〕
藤間房人
…医師。公立診療所所長。
飼い犬・ネロや夫人・道代を
普段から虐待していた。
死体で発見される。
不可解な遺書を残している。
藤間道代
…房人の妻。
加代子
…道代の妹。藤間家に寄宿している。
磯貝慎策
…房人の友人。夫に虐待されている
道代への同情心から、
道代を愛するようになる。
ネロ
…藤間家の飼い犬。
ジャーマン・ウルフドッグという
獰猛な種。
房人に虐待された末、盲目となる。
狼男(布目喬太郎)
…藤間家の元書生。
由利・三津木の食事中に割り込み、
殺人が起きる予言を残す。
ネロとともに犯行現場から姿を消す。
加代子に思いを寄せていた。
〔事件発生〕
昭和9年(東京)
〔事件の概要〕
昭和9年12月24日
・狼男、由利・三津木の面前で
殺人事件の発生を予告。
・尾行した由利・三津木、藤間邸で
房人らしい死体発見。
狼男とネロ、現場から逃走。
12月27日
・狼男、加代子を空き家に呼び出す。
・由利・三津木が加代子を保護、
狼男、死体で発見される。
ネロと真犯人、相討ち。
本作品の味わいどころ①
「顔のない死体」の真相は?
由利・三津木の発見した死体は、
獰猛な犬に無惨にも
顔面をかみ砕かれていたのです。
つまり、横溝得意の「顔のない死体」の
変種と考えることができるのです。
横溝作品のみならず、
ミステリではこうした
「顔のない死体」が登場した場合、
「本人と見せかけて別人」であることが
多いのですが、
「別人と思わせておいて
やはり本人」という罠が、
作者によって仕掛けられていることも
あるのです。
横溝はいろいろな方法を駆使して、
いくつもの「顔のない死体」の
トリックのヴァリエーションを
創り上げています。
今回の殺人事件の真相は
いったいどちらなのか?
その謎を、
まずはじっくり味わいましょう。
もちろん、
横溝は幾重にも工夫を凝らして、
読み手の目くらましを
行っているのですが、
それも一緒に愉しむべきです。
本作品の味わいどころ②
奇妙な自殺方法の秘密は?
噛み殺されたと思われる人物は、
なんと遺書を残していたのです。
では殺人事件ではなく、単なる自殺、
つまり「猟奇的自死事件」なのか?
それとも突発的な事故によって
猟犬による死体の損壊が重なった
「自殺+不慮の死体損傷事故」なのか?
もちろんいずれにしても
それではミステリにはなりません。
奇妙な自殺方法の秘密は何か?
そもそもこれは自殺なのか他殺なのか?
その謎を、
次にしっかり味わいましょう。
もちろん、この点についても、
横溝の仕掛けは万端です。
被害者(らしき人物)を含め、
登場人物すべてが怪しく見えるように、
巧みに人物設定を行っているのです。
被害者の妻の妹・加代子以外は
すべて何かを隠しています。
登場人物すべてが怪しい。
これも横溝ミステリではおなじみです
(もっともこの傾向は
戦後の金田一シリーズで
際立ってくるのですが)。
したがって、本作品も
犯人捜しが肝となっているのです。
本作品の味わいどころ③
怪しい人間と獣の役割は?
犯行を告げた男は
狼のような風貌をした狼男。
そして現場から走り去ったのは
獰猛なドイツ種猟犬
(しかも両目を潰されて盲目)。
由利・三津木シリーズ特有の
化け物キャラ登場です。
もっとも狼男は
由利がそう呼称しているだけの、
ただの「がさつな若い男」であり、
「白蠟三郎」「蜘蛛三」
「真珠郎」「絞刑吏」といったこれまでの
化け物キャラとは
やや格が落ちるのですが、
短篇作品であり、仕方ありません。
それを補っているのが
魔犬・ネロの存在でしょう。
なにやらホームズの
「バスカヴィルの犬」を連想させます。
由利デビュー作「獣人」における
「獣人」と「妖獣・ゴリラ」のタッグを
彷彿とさせる
「怪人+魔獣」の組み合わせです。
横溝はなぜこれらの化け物キャラを
登場させたのか?
その役割は何か?
その謎を、
最後にたっぷりと味わいましょう。
謎についての肝心な部分を、
名探偵・由利が、
これもシリーズのお決まりのように、
後付け的に解明しているのが
やや玉に瑕となっているのですが、
それを勘案しても面白さは十分です。

横溝も本作品発表後は時代物へと
創作の軸足を
移さざるを得ませんでした。
本作品を原型として、
人形佐七捕物帳の一つ
「めくら狼」が作られています。
もし時局の制約がなく、
横溝が本作品を発展させて
長編小説に編み直していたなら、
ドイルの「バスカヴィル」に匹敵する
ロマンと恐怖と冒険に満ち溢れた
面白い作品になっていたのではなどと、
ついつい考えてしまいます。
由利・三津木コンビの傑作短篇、
ぜひご賞味ください。
(2018.12.30)
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(2025.1.23)
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