「盲目の犬」(横溝正史)

横溝が本作品を長編に編み直していたなら…

「盲目の犬」(横溝正史)
(「双仮面」)角川文庫

「今夜人殺しがある」と告げた、
狼に似た男を尾行して
たどり着いた先には、
喉笛を噛み切られ、
顔も無残に噛み砕かれた
男の死体があった。
被害者はこの家の主人らしい。
口を血でぬらした猟犬と
狼男が犯行現場から姿を消して…。

本作品の発表は昭和14年です。
時局が厳しくなり、
当時の作家たちが次々と
探偵小説に見切りを付けて撤退する中、
横溝はしぶとく
作品を発表し続けました。
そうした作品の一つです。
短編ながら面白さ満載です。

本作品の読みどころ①
顔のない死体は常に別人

犬に噛まれて顔を激しく
損傷していたということは、
横溝得意の
「顔の判別できない死体」です。
横溝作品のみならず、
ミステリーではこうした場合は
十中八九別人です。
でもそれでは
犯人がすぐ分かりますので、
横溝は全編に工夫を凝らしています。

本作品の読みどころ②
奇妙な自殺方法の謎

噛み殺されたと思われる人物は
なんと遺書を残していました。
では殺人事件ではなく、
単なる自殺、
つまり猟奇的自死事件か?
もちろんそれでは
ミステリーにはなりません。
本作品も犯人捜しが読みどころです。

本作品の読みどころ③
奇怪な人間と獣

犯行を告げた男は
狼のような風貌をした通称・狼男。
そして現場から走り去ったのは
獰猛なドイツ種猟犬、
しかも両目を潰されて盲目なのです。
主人は飼っていたこの猟犬に、
徹底的に虐待をしていた
事実があります。
主人は飼い犬に噛み殺されたのか?
狼男はどう関わっているのか?
これだけでも
おどろおどろしさ満点です。

本作品の読みどころ④
誰もが怪しい登場人物

被害者を含め、
登場人物すべてが怪しく見えるのも
横溝ミステリーではおなじみです。
被害者の妻の妹・加代以外は
すべて何かを隠しています。
真犯人は誰か?
そしてその動機は?

謎についての肝心な部分を、
名探偵由利が後付けのように
解明しているのが
やや玉に瑕なのですが、
それを勘案しても面白さは十分です。

横溝も本作品発表後は
時代物へと軸足を
移さざるを得ませんでした。
本作品を原型として、
人形佐七捕物帳の一つ
「めくら狼」が作られています。
もし時局の制約がなく、
横溝が本作品を発展させて
長編小説に編み直していたなら、
どんな面白い作品に
なっていたのだろうと
考えてしまいます。
由利・三津木コンビの傑作短編、
いかがですか。

(2018.12.30)

Image by lizzyliz on Pixabay

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