「活人形」(泉鏡花)

泉鏡花は日本ミステリ界の先駆的存在

「活人形」(泉鏡花)
(「泉鏡花集成1」)ちくま文庫

病院に駆け込んできた男は、
何やら毒を盛られたらしい。
探偵・倉瀬泰助は、
鎌倉の赤城家で起きている
家督の乗っ取り騒動と
美人姉妹の生命の危機を
知らされる。
倉瀬は赤城家を探索するが、
そこはすでに
幽霊屋敷と呼ばれていた…。

谷崎潤一郎志賀直哉
佐藤春夫といった、
純文学の文豪たちも
ミステリを書いていたのですが、
なんと泉鏡花
探偵小説を残していました。
「探偵」といっても、
推理でトリックを見破るような場面は
存在せず、
ほぼ冒険小説といえる筋書きです。

【主要登場人物】
倉瀬泰助
…頬に三日月の傷を持つ探偵。
 事件を捜査する。
赤城得三
…赤城家の財産を我がものにせんと
 画策。姉妹を監禁する。
赤城下枝・藤
…赤城家の姉妹。父の病没後、
 母が得三によって毒殺される。
本間次三郎
…下枝・藤姉妹の従兄。下枝の恋人。
 毒を盛られる。
高田駄平
…得三の友人。高利貸し。
 得三に貸した金の代わりに
 藤を受け取る約束をしている。
八蔵…得三の手下。
銀平…駄平の手下。
得右衛門
…旅館「八橋楼」主人。
 倉瀬に協力する。

本作品の味わいどころ①
日本最初期の探偵像・倉瀬泰助

何といっても倉瀬泰助の大活劇が
一つめの味わいどころとなっています。
次三郎を看取ったその日の午後には
敵の巣窟・赤城家を探索する
スピーディな捜査活動を見せながらも、
トレードマークの頬の三日月傷から
得三に面が割れ、
刺客を差し向けられる。
その刺客を
見事に返り討ちにしたものの、
潜入した赤城邸では
あっけなく銃弾に倒れる。
その血痕は偽装したものであり
敵の目を欺くものの、
複数の敵の前に打つ手なし。と、
優秀なのか無能なのか
よく分からない探偵なのですが、
だからこその味わいです。
ホームズや明智小五郎といった
頭脳派探偵と異なり、
無茶を承知の
冒険派探偵といったところでしょうか。

本作品の味わいどころ②
息もつかせぬ美人姉妹救出劇

悪に囚われの身となった美人姉妹を
たった一人で救出するという
スリリングな展開が
二つめの読みどころでしょう。
探偵・倉瀬が銃弾で倒れて以降、
筋書き上からは途中退場し、その間、
二人は悪人たちの手に
落ちかけるのですが、
それが終末の大逆転の興奮を
より大きなものにしています。
得三との結婚を拒み続け、
しまいには殺害一歩手前まで転がる
姉・下枝。
得三の借金と相殺する形で
駄平に売り渡される妹・藤。
窮地に立たされた倉瀬には
局面打開のチャンスはあるのか?
ぜひ読んで確かめてください。

本作品の味わいどころ③
垣間見える鏡花幻想小説の萌芽

ところどころに読み手を驚かせるような
描写が潜んでいます。
倉瀬と得右衛門が
幽霊の話をしているときに
突如現れる乱髪の若い女性、
自らの小指を切断して
血文字をしたためる女、
赤城邸内の人形部屋と
その奥の隠し部屋、
隠し戸とそこから連なる洞穴、
言葉を発する活人形、
梁に縛られる女、等々、
後の鏡花の幻想小説世界に通じる要素が
そこここに鏤められているのです。
これが三つめの
読みどころといえましょう。

今日のオススメ!

もちろん、疵の多い、
決して成熟した作品とはいえない
出来であることも確かです。
倉瀬を求めて上京した次三郎が、
駆け込んだ病院で、警察から招聘された
念願の倉瀬と面会を果たしたことや、
贋物の血糊で誤魔化した倉瀬に
とどめを刺さずに捨て置いた
悪党たちの詰めの甘さ、
三年もの間、結婚を迫りながらも
強引な手段を用いず監禁したままの
悠長な得三の姿勢、
出動しない警察など、
不自然な部分も数多く、
現代の尺度で測れば
落第とされかねない作品です。
しかしながら本作品の発表は
1893年(明治26年)。
それはコナン・ドイルが探偵ホームズを
世に送り出したわずか6年後であり、
そして日本最初の探偵小説
「無惨」(黒岩涙香)の発表の
たった4年後であることを考えると、
本作品は、まさにミステリ史の
黎明期に成立したといえるのです。
泉鏡花が日本ミステリ界の
先駆的存在だったのは
間違いありません。

「雲の峰は崩れて遠山の麓に靄薄く、
 見ゆる限りの野も山も海も
 夕陽の茜に染みて、
 遠近の森の梢に並ぶ
 夥多寺院の甍は眩く輝きぬ。」

冒頭の一文です。
本作品は、明治の薫りのする
格調高い日本語によって
綴られていきます。
読書の秋にうってつけのミステリです。

※残念ながら倉瀬泰助は
 この一作でお役御免。
 売れなかったために
 シリーズ化はなりませんでした
 (もしかしたらこの時代は
 「シリーズ化」という概念が
 なかったのかも知れませんが)。

〔後の鏡花の幻想小説作品〕

〔ちくま文庫「泉鏡花集成」〕
全14巻からなる文庫本集成です。

〔関連記事:黒岩涙香のミステリ〕

created by Rinker
¥2,750 (2024/05/04 20:27:17時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥1,265 (2024/05/04 21:06:01時点 Amazon調べ-詳細)

(2022.10.31)

Nova_27によるPixabayからの画像

【青空文庫】
「活人形」(泉鏡花)

【泉鏡花の本はいかがですか】

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

created by Rinker
¥1,045 (2024/05/05 12:24:41時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA